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第70話

そうして翌朝。 「うぅ、腰が痛い…力が入らない…」 ベッドの上で、山岡が起き上がれずに呻いていた。 「ふふ、やっぱりな」 「ちょっ…やっぱりって、日下部先生…」 「そう思って、今日の午前中、山岡の半休申請しておいたよ」 ケロッと言う日下部は、やけにツヤツヤした顔で、クローゼットを開けてシャツにネクタイを締めている。 「はぁっ…?」 「安心して休んでていいよ」 「ちょっ…」 「代診の覚悟はできてるから。俺がやっておくから大丈夫」 ニコリと笑っている日下部だけれど、その言動はとんでもない。 「まさか初めから…」 「まぁね。あの状況で、生半可なお仕置きで済ますわけがないでしょうが」 クスクス笑う日下部は、そう冗談ぽく意地悪を言うけれど、実はそればかりでもない。 原との言い合いを聞かれた後に、傷ついた山岡を半端な慰めで放置できる日下部であるはずがないのだ。 お仕置きにかこつけなくても、ドロドロに溶かして、目一杯甘やかすつもりだった日下部は、当然翌日足腰立たせる余裕を残してやるつもりは最初からなかった。 「それに、泰佳があまりに可愛かったから」 結局あの後何ラウンド挑んだか。 今の起き上がれない山岡の状況を見れば、言わずと知れる。 「っ…」 「午後のオペまでに体調戻るかな…?」 まぁそのつもりで計算してはいるものの、山岡の体力次第のそれには、さすがに完全な自信はない。 「意地でも戻して行きます」 ムッと口を尖らせる山岡は、身体がだるくて多少機嫌が悪い。 「ん。待ってる」 「っ…ずるい…」 「ふふ。昼は病院来てから食べる?」 「いりません…食欲ない…」 プイッとそっぽを向く山岡に、日下部の目がスッと意地悪に細められる。 「まだ足りないの?その体でお仕置き催促してる?」 「え…?っ!違っ…」 「午後オペだろ?ちゃんと食べて来いよ」 ビシッと、そこは甘やかさないらしい日下部に、山岡はギクッとなりながら、ストンと頷いた。 「はぃ…」 「じゃぁ行ってきます」 ニコリ、と笑ってジャケットを羽織って出ていく日下部に、山岡はベッドの上からペコンと頭を下げる。 「行ってらっしゃい」 ポヤンと呑気に告げる山岡の声に、鋭く息を詰めた日下部が、何故だかとても嬉しそうにふわりと笑って部屋を出て行った。 『早く同棲したいな…』 お見送りにグッと来た日下部が、思わずリビングで呟いたのを、すでにパタンとベッドに倒れた山岡は知らない。 早く体力取り戻して、午後のオペに備えなきゃ、と焦っている山岡は、取りあえず携帯のアラームをセットして、仮眠を取ることに決めた。 すぐに規則正しい呼吸が、山岡の口から洩れていた。

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