77 / 426

第77話

新たな1週間が始まる月曜日。 まだまだエンジンがかかり切らない朝。 たまたま出勤してすぐ、急変に出くわした山岡が、病室に走っていた。 日下部は直接詰め所に向かっており、夜間当直明けのやたらと不機嫌な原に絡まれていた。 「うぅ、爽やかにスッキリした顔をして…」 「なに?」 「ど~せ、昨日のオフからずーっと山岡先生とイチャイチャしてたんでしょ。何なんですか、その緩んだ顔!いいことありましたって顔面が言ってますよ!このリア充がぁっ」 うがぁ、と叫んでいる原はまた徹夜でもしたのか。月曜の朝から淀んだ空気を醸し出している。 「きみは何をそう不機嫌なんだ。鬱陶しいから、俺に八つ当たりしないでくれる?」 シッシッと犬の子を追い払うように手を振る日下部に、原の目がジトッと据わる。 「さてと、朝カンファ行くよ」 病棟カンファの時間が迫り、日下部は原を連れてナースステーションに向かった。 「おはよう。今週もよろしく…って、なんか少なくないかね?」 ナースステーション内に集まった医者と看護師を見渡して、光村が首を傾げた。 「えっと、山岡先生は急変対応で今病室です。看護師2人も。あと、井上先生は午前休だそうです」 看護師長がさらさらと言うのに、光村が納得したように頷く。 「まぁそういうことなら。いない人には後で伝えておいて。では始めよう」 そう言って、さっそく申し送りや伝達事項、情報交換を始めたスタッフたち。 ちょうど半ばで、ふとパタパタとナースステーションにやって来た白衣姿の女性の姿があった。 「すみません、外科部長。遅れました…」 ペコンと頭を下げて入ってくる。 胸ポケットについている名札には、麻酔科の文字。 「あぁ、土浦先生…」 紹介しよう、と光村が動いたとき、ふとナースステーション内にいた日下部を見たその女性が、えっ?と目を見開いた。 「日下部くん?」 驚いたように名前を呼んだ後、嬉しそうにふわりと綻んだ女性の顔。 聞き咎めた看護師たちが、ザワッとざわめく。 「……」 呼ばれた日下部の方は、ジッとその女性を見つめて、記憶を掘り返しているようだ。いつの時点の知り合いだろうか、と考え始めた日下部に、女性の方が先に答えを出した。 「高校の時…」 ふっと微笑んだ女性に、日下部の目がスゥッと細くなる。その目には、女性の記憶を引き当てたとわかる光。 「麻里亜先輩?」 「正解。久しぶりね」 クスッと笑う麻里亜と呼ばれた女性は、懐かしそうな目を日下部に向けていた。 「なんだね?知り合いかい?」 ふと、日下部と女性の様子を見た光村が、キョトンと首を傾げた。 「あ~、まぁ、高校時代にちょっと」 微妙に目を彷徨わせながら、日下部が言った。 「ちょっとっていうか、深~い仲だったでしょ?」 ふふ、と意味深に笑う女性に、日下部が苦笑した。 「そうでしたっけ?ただの先輩後輩でしょう?」 サラリと躱す日下部に、女性は慣れた様子で微笑み、看護師たちはメラメラと敵意の炎を燃やしていた。 「そうか。まぁあれだ。今度麻酔科に入った非常勤医師の土浦麻里亜先生。主に関わるのはドクターだけだろうが、知っておいてくれ」 「どうも」 「よろしくお願いしますね」 ニコリと微笑む土浦の目は、日下部にだけ向いていた。 「あ、どうも、遅れました」 ふと、パタパタと病室から戻ってきた山岡が姿を見せた。 「あぁ、山岡先生。急変患者は落ち着いたかね?」 「おかげさまで」 ペコッと頭を下げてナースステーションに入ってきた山岡に、みんなの視線が向いた。 「嘘…。山岡泰佳?」 山岡を見た土浦が、呆然としたように呟いた。 「え…?っ!麻里亜先生…」 ゆっくりと顔を上げた山岡が、その呟きの主に目を向けた瞬間、ビクッと大袈裟に肩を震わせた。 2人の反応を見た光村が首を傾げる。 「なんだね?こちらも知り合いかい?」 わからないものだね、と笑う光村に、山岡と土浦の視線は絡んだままピンと張り詰めた。 「えぇ、以前、大学病院で少し」 ジッと山岡を見たまま、サラリと言う土浦。その言葉を聞いて、日下部の頬がピクリと反応した。 「な、んで…麻里亜先生が…」 フラリと1歩足を引いて驚いたように呟いている山岡の様子に、日下部の目が心配そうに細まる。 3人の思惑に気付かず、光村が呑気に口を挟んだ。 「土浦先生は、今度ここの麻酔科に入ったんだよ。まぁ非常勤だが」 「っ…うちの病院に…?」 呆然、といった様子がしっくりくる山岡に、日下部の頭の中で土浦にチェックが入った。

ともだちにシェアしよう!