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第77話
新たな1週間が始まる月曜日。
まだまだエンジンがかかり切らない朝。
たまたま出勤してすぐ、急変に出くわした山岡が、病室に走っていた。
日下部は直接詰め所に向かっており、夜間当直明けのやたらと不機嫌な原に絡まれていた。
「うぅ、爽やかにスッキリした顔をして…」
「なに?」
「ど~せ、昨日のオフからずーっと山岡先生とイチャイチャしてたんでしょ。何なんですか、その緩んだ顔!いいことありましたって顔面が言ってますよ!このリア充がぁっ」
うがぁ、と叫んでいる原はまた徹夜でもしたのか。月曜の朝から淀んだ空気を醸し出している。
「きみは何をそう不機嫌なんだ。鬱陶しいから、俺に八つ当たりしないでくれる?」
シッシッと犬の子を追い払うように手を振る日下部に、原の目がジトッと据わる。
「さてと、朝カンファ行くよ」
病棟カンファの時間が迫り、日下部は原を連れてナースステーションに向かった。
「おはよう。今週もよろしく…って、なんか少なくないかね?」
ナースステーション内に集まった医者と看護師を見渡して、光村が首を傾げた。
「えっと、山岡先生は急変対応で今病室です。看護師2人も。あと、井上先生は午前休だそうです」
看護師長がさらさらと言うのに、光村が納得したように頷く。
「まぁそういうことなら。いない人には後で伝えておいて。では始めよう」
そう言って、さっそく申し送りや伝達事項、情報交換を始めたスタッフたち。
ちょうど半ばで、ふとパタパタとナースステーションにやって来た白衣姿の女性の姿があった。
「すみません、外科部長。遅れました…」
ペコンと頭を下げて入ってくる。
胸ポケットについている名札には、麻酔科の文字。
「あぁ、土浦先生…」
紹介しよう、と光村が動いたとき、ふとナースステーション内にいた日下部を見たその女性が、えっ?と目を見開いた。
「日下部くん?」
驚いたように名前を呼んだ後、嬉しそうにふわりと綻んだ女性の顔。
聞き咎めた看護師たちが、ザワッとざわめく。
「……」
呼ばれた日下部の方は、ジッとその女性を見つめて、記憶を掘り返しているようだ。いつの時点の知り合いだろうか、と考え始めた日下部に、女性の方が先に答えを出した。
「高校の時…」
ふっと微笑んだ女性に、日下部の目がスゥッと細くなる。その目には、女性の記憶を引き当てたとわかる光。
「麻里亜先輩?」
「正解。久しぶりね」
クスッと笑う麻里亜と呼ばれた女性は、懐かしそうな目を日下部に向けていた。
「なんだね?知り合いかい?」
ふと、日下部と女性の様子を見た光村が、キョトンと首を傾げた。
「あ~、まぁ、高校時代にちょっと」
微妙に目を彷徨わせながら、日下部が言った。
「ちょっとっていうか、深~い仲だったでしょ?」
ふふ、と意味深に笑う女性に、日下部が苦笑した。
「そうでしたっけ?ただの先輩後輩でしょう?」
サラリと躱す日下部に、女性は慣れた様子で微笑み、看護師たちはメラメラと敵意の炎を燃やしていた。
「そうか。まぁあれだ。今度麻酔科に入った非常勤医師の土浦麻里亜先生。主に関わるのはドクターだけだろうが、知っておいてくれ」
「どうも」
「よろしくお願いしますね」
ニコリと微笑む土浦の目は、日下部にだけ向いていた。
「あ、どうも、遅れました」
ふと、パタパタと病室から戻ってきた山岡が姿を見せた。
「あぁ、山岡先生。急変患者は落ち着いたかね?」
「おかげさまで」
ペコッと頭を下げてナースステーションに入ってきた山岡に、みんなの視線が向いた。
「嘘…。山岡泰佳?」
山岡を見た土浦が、呆然としたように呟いた。
「え…?っ!麻里亜先生…」
ゆっくりと顔を上げた山岡が、その呟きの主に目を向けた瞬間、ビクッと大袈裟に肩を震わせた。
2人の反応を見た光村が首を傾げる。
「なんだね?こちらも知り合いかい?」
わからないものだね、と笑う光村に、山岡と土浦の視線は絡んだままピンと張り詰めた。
「えぇ、以前、大学病院で少し」
ジッと山岡を見たまま、サラリと言う土浦。その言葉を聞いて、日下部の頬がピクリと反応した。
「な、んで…麻里亜先生が…」
フラリと1歩足を引いて驚いたように呟いている山岡の様子に、日下部の目が心配そうに細まる。
3人の思惑に気付かず、光村が呑気に口を挟んだ。
「土浦先生は、今度ここの麻酔科に入ったんだよ。まぁ非常勤だが」
「っ…うちの病院に…?」
呆然、といった様子がしっくりくる山岡に、日下部の頭の中で土浦にチェックが入った。
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