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第78話
そうして1部微妙な空気を浮かばせたまま、病棟カンファが終わる。
光村と土浦はそのまま病棟を出て行った。
「ちょっと日下部先生!何なんですか?あの土浦先生って」
「深い仲って!ヤダヤダ~」
さっそく、土浦と日下部の意味深な発言に食いついた看護師たちが、日下部を囲んでいた。
「え~っと、ちょっと後にしてもらえる?」
ニコリ、と無害で愛想のいい笑顔を見せた日下部に、看護師たちがキャァッと叫びながらも、誤魔化される気はないらしい。
「素敵すぎ!だけど、もしかして元カノとか…?」
「違うから…」
簡単に抜け出せない空気に、日下部は焦る。
それは、前髪のせいで見えにくいが、山岡の顔が色をなくして、フラフラとナースステーションを出て行ってしまったのを見たからだ。
「じゃぁ何なんですか~?何か向こうは意味ありげでしたよね」
「そうそう。日下部先生をすごく意識してた!」
「いやぁん、偶然の再会で昔の気持ちが再燃とか~?」
キャァッと盛り上がっている看護師たちに、日下部はどうしたものかと気ばかり焦る。
ふと、それまで全てを黙って見ていた原が、不意にその中に入ってきた。
「ど~せセフレか何かだったんでしょう?」
ハッと笑って日下部にも看護師たちにも喧嘩売ってる発言をぶちかます。
途端に看護師たちの標的が原に移った。
「ちょっと原センセ、言うに事欠いて、セフレって何よ!」
「そうよ!日下部先生がそんな不誠実な真似をするわけがないでしょう?」
キィーッと目を吊り上げて原に迫る看護師たちに、原はフィッと目をあらぬ方向に向けて、ヘラリと笑う。
「あ~、知らぬが仏かぁ」
あはは~っと笑う原は知っている。
外面と内心が真反対の性悪指導医様を。
「ちょっと原センセ!日下部先生に謝りなさいよ!」
「そうよそうよ。いくら日下部先生がモテるからって…あれ?」
「あら?日下部先生は?」
看護師たちが原に矛先を変えた隙に、日下部はこれ幸いとナースステーションを飛び出していた。
「ちょっと!結局本当のところは何なのよ!」
「原センセ!あなたが変なこと言い出すから、日下部先生逃げちゃったじゃない!」
「そうよ!あんたの指導医なんだから、責任持って真相を突き止めてきなさいよ!」
結局日下部に群がれなくなった看護師たちは、残った原に矛先を向けるしかなかった。
「はははは~。貸し1ですね~、日下部先生。敵に塩を送るなんて、おれってば人間できてるぅ~」
きっと、山岡を追って行ったのだろう日下部を思う。そんな原もまた、山岡の様子の不自然さには気づいていた。
そうして不本意ながら原の助け船でナースステーションを脱出した日下部は、外来に向かっただろう山岡を追って、下におりて来ていた。
「いたっ…山岡先生!」
外来にたどり着く前の廊下で、何とか山岡に追いついた。
呼ばれた山岡がぼんやりと後ろを振り返る。
「日下部先生…?」
立ち止まってコテンと首を傾げた山岡に、日下部は急ぎ足で近づいた。
「どうしたんですか?」
今日は日下部は病棟のはずだ。
何でここに?と本当に不思議そうにする山岡に、日下部はギュッと眉を寄せた。
「どうしたは山岡先生の方だろう?」
病棟カンファのときの様子、と苦い顔をする日下部に、山岡はキョトンと首を傾げた。
「え?オレですか?」
「……」
心底不思議そうな山岡の顔に、日下部はジッと考える。
(誤魔化すつもりか?いや、山岡にそんな芸当はできないか…)
これはまた、山岡自身と土浦のことに、日下部との関係がないときっぱり切り離して考えているに違いない。
(まったく、いつになったらその辺を自覚してくれるやら…)
長期戦だな…と思いながら、日下部はそっと口を開いた。
「土浦麻里亜」
「っ…」
土浦の名を呟いた途端、ヒュッと息を呑む音が聞こえた。その身体が小さく震えるところが見えて、日下部はやっぱり良くない関係だ、と確信する。
(慎重に行くか…)
大学病院というキーワードもあったことだし、と思い、日下部が切り出すタイミングをはかったところを、山岡が先に奪い取った。
「すみません…。後でお話ししますから…。オレ、外来の時間なので」
ペコッと頭を下げて、クルリと踵を返してしまう。
いつになく素早い仕草に、日下部はついうっかり置いて行かれた。
「ちょっ…山岡先生っ」
「後で必ず話します…」
すみません、と再び頭を軽く下げて、山岡はスタスタと日下部から遠ざかって行ってしまった。
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