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第82話
そうして日下部が川崎の病室にいる頃。
一方の山岡は、医局に原と2人でいた。
いや、オペが終わって山岡が医局に戻ったところで、原が自習をしていたわけだが。
「お疲れ様です、山岡先生」
「お疲れ様です。原先生1人ですか?」
日下部先生は?とキョロキョロする山岡に、原は苦笑した。
「あの遊び人指導医様なら、そこらでフラフラしているんじゃないですかね。もしかしたら、どこかで看護師さんでもナンパしているかも」
ウシシ、と悪戯っぽく笑う原に、今度は山岡が苦笑した。
「オーベンをすごい言い方ですね」
「だぁって、麻里亜先生」
「っ!」
サラリと原の口から出た土浦の名に、山岡がビクリと大袈裟な反応を示した。
けれども原は、それが噂を聞いてのものだと誤解する。
「あ、山岡先生も聞いてます?本当、酷い男ですよね~、日下部先生は」
クスクス笑う原に、山岡はゆっくりと身体から力を抜いていった。
「酷い男って、ははは」
「だぁってセフレですよ、セフレ。しかも片手で足りないほど同時に何人もとか。学校の女子を片っ端から食っちゃ捨てちゃとか。よく刺されませんでしたよね」
ケラケラ笑っている原からは、決して負の感情は伝わってこない。
「半分くらい冗談でしょう?」
「あはは。まぁおれが創作しました。でも麻里亜先生がセフレだったってのはマジですよ」
「うん。聞いた」
「って本人から?うわ~。それで?幻滅しました?おれにしとこうとか思いません?」
ここぞとばかりにアタックしてくる原に、山岡は小さく首を傾げた。
「幻滅はしないかな…。正直に話してくれたし…」
「ちぇ~。こっちもノロケですか~?」
やってられません、と肩を竦める原に、山岡はふわりと笑ってしまった。
「原先生は、日下部先生によく喧嘩を売りますよね」
「あ~、まぁ?」
「普通、指導医には、もっと媚びたり大人しくしてたりしません?普通は気に入られたいものでしょう?評価とか落ちたらどうしようとか思わないんですか?」
激しく言いたい放題の原に、山岡は不思議そうに首を傾げた。
「あ~、おれ、別に出世とか評価とかどうでもいいです。指導医に好かれようと嫌われようと…別におれが患者さん助けることに何の関係もないですよね」
ケロッと言う原は若かった。若くて、あまりに真っ直ぐだった。
「っ…」
「ん?山岡先生?」
「いぇ…」
「それに認めるの悔しいですけど、日下部先生って、仕事とプライベートはきっちりしているっていうか…。おれが個人的にピイピイ騒いでも、医者としての部分は、ちゃんと見るとこ見てくれるっていうか。そういうとこ、おれは信用してんですよね」
本人には内緒ですよ?と悪戯っぽく笑う原に、山岡はなんだかたまらなくなって、ジワリと涙を浮かべた。
「原先生は…本当、強くて真っ直ぐで、格好いいです」
「え?それっておれにも少し靡いたって取っていいですか!」
「あ、いや、その…そのまま真っ直ぐ、変わらないで欲しいなって…」
「変わりませんよ!おれは真っ直ぐ山岡先生が好きです!」
ニカッと笑って正々堂々と言う原に、山岡がほんのりと笑った。
ガチャ。
「廊下まで聞こえてるけど。俺がいない隙に、また山岡口説いてるの?余裕みたいだけど、俺が渡した課題は終わったのかな?ねぇ、原先生?」
クスッと嫌味な笑みを浮かべながら入ってきた日下部に、原の背筋がピンと伸びた。
「お疲れ様ですっ!日下部先生っ」
「はいはい。で、山岡も、また口説かれる隙を与え…」
入り口に背を向けて立っていた山岡の前に回り込んだ日下部が、その顔を見てわずかに眉を寄せた。
「山岡泣いた?…原」
途端にギロッと原を睨む日下部に、山岡が慌て、原がケロッと笑った。
「泣いてませんよっ。っていうか、あの、えっと、原先生のせいじゃなくって…」
「え~?おれの口説きに感激して泣かせちゃいました?」
両極端な2人の様子に、日下部は山岡の肩を抱き寄せ、原をますますキツく睨んだ。
「原先生、症例報告書、追加だね。また徹夜かぁ、大変だなぁ~」
「ちょっ…明日おれ、オペ初執刀だから徹夜させないって…」
「なんのことかな?寝不足で立てなきゃ外すまで」
ふっと嫌味に笑う日下部に、原が半泣きになった。
「山岡先生っ、やっぱりさっきの、前言撤回します!全然線引きしっかりしてない~。私情で職権乱用しすぎですぅ~」
わーんと泣き真似をしながら騒ぐ原に、日下部が首を傾げる。
「さっきのってなに?ねぇ、山岡先生?原先生が今夜居残りみたいだから、オーベンの俺も付き合わなくちゃね?山岡先生、当直だから、夜もずーっと一緒にいられるね」
「っ…」
「当直室かぁ。楽しみだね」
ニコリ。こちらはこちらで意地悪全開の日下部に、山岡の顔が情けなく歪んだ。
「それはしないって…」
「だって原先生と2人きりで楽しそうなお話していたんでしょ?俺がいない隙に、2人でね」
「だからそれは…変なことはなにもなくて…」
「まぁ、今夜じっくりたっぷり白状させてあげるよ。躾直しも兼ねてね?」
どSモード炸裂の日下部に、山岡と原の可哀想な悲鳴が、医局から響いていた。
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