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第84話

「おはようございます」 当直明け、のんびりと医局に顔を出した山岡は、ガチガチに強張った顔をしている原を見つけて微笑んだ。 「どうしたんですか?そんなに緊張して」 「あ、山岡先生、おはようございます。おれっ、きょ、今日、初めて執刀で…っ」 ピシッと背筋を伸ばしてぎこちなく動く原に、山岡は小さく笑ってしまった。 「オペって、午後からですよね?今からそんなに力入ってるんですか?」 もちませんよ、と笑う山岡は、初々しいその様子を、微笑ましく思う。 日下部はまだ出勤してきていないが、この場にいたら盛大に揶揄っているだろうなぁ、と、意地悪な恋人の姿を思い描く。 「大丈夫ですよ。前立ち、日下部先生でしょう?厳しいけれど、腕は確かです。どーんと構えて、胸を借りたらいいんですよ」 「は、はい…」 ようやくわずかに原が笑みを浮かべたところに、ガチャッとドアを開けて日下部が入って来た。 「おはよう。また2人きり?」 「おはようございます、日下部先生。…不可抗力ですよね…」 開口一番、チラッと流し目を向けられて、山岡が乾いた笑いを漏らしている。 またも緊張が戻ったのか、カチーンと固まっている原が可笑しい。 「で、そっちのきみは、何をそう固くなっているの…」 「初執刀に緊張しているんですって」 「原がそんなタマかよ…」 普段は呆れるほど図太いのに、と笑う日下部に、原のぎこちない笑みが向く。 「おは、ようございます、日下部先生…。今日はよろしくおねっ…がいします…」 ペコンと深く頭を下げる原に、日下部が派手な苦笑を漏らした。 「ビビリすぎ。こっちだって外科医生命かけてんだよ?出来ると思うからやらせるんだ。俺を信じろよ」 そう、研修医に執刀させるということは、指導医にとっても覚悟がいる。 研修医の失敗は全て指導医の責任となる。事故が起こればそれは、指導医が全責任を取ることになるわけだから、生半可な信用で執刀を任せはしない。 「っ…はいっ!よろしくお願いますっ」 力強い日下部の言葉に、ようやく程良く緊張がほぐれた原が、いつもの元気な笑みを見せた。 「せいぜい取り上げされないようにな」 「っ…が、頑張ります!」 途中で研修医がトチれば、前立ちしている指導医がその後のオペの主導権を取ってしまうことになる。 そうはされまいと、気合いを入れて頷いた原に、満足そうな笑みを浮かべて日下部はスタスタと自分のデスクに向かった。

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