86 / 426
第86話
そんな、山岡が呑気に散歩をしていた頃。オペが終わった日下部と原がナースステーションにいた。
助手と言う名の見学に入った光村も一緒だ。
「いやぁ、面白かったね」
カカカッと笑う光村は、オペ室内で何を見たのか。
「あんなに激しい口喧嘩の中のオペは中々ないよ」
ククッと思い出し笑いをしている光村に、日下部が苦笑し、原が今更ながらに反省していた。
「いやぁ、オーベンにあれだけ食ってかかれる原くんは、中々大物だ」
「すみません…」
「なぁに、結局最後まで取り上げしなかった日下部先生が答えだろう?」
「まぁ…」
好々爺然としているが、さすが年の功か、これほど大きな病院の外科部長を務めているだけはあるのか。光村が見た目ほど食えないことを、日下部は承知だ。
「また次回があったら呼んでね」
「……」
ニコリと笑みを浮かべ、イエスともノーとも言わない日下部に、慣れっ子の光村部長はケロッと笑っただけだった。
「それと、新しい麻酔科の…土浦先生だっけ?いいね、あの人」
「……」
「すごく上手い」
感心しきりの光村に、日下部の顔が苦くなる。
「まぁ腕は認めますけどね…。ところでその土浦先生、うちにはいつ来ているんです?」
話の流れでさりげなくリサーチする日下部は抜かりない。
「確か、月水木と夜間救急だったかな」
「そうですか」
メモメモ、と頭の中にインプットする日下部は、山岡とキャスティングしない算段を計算中だ。
「夜間は毎日です?」
「いや、交代制みたいだが…何だね?日下部先生、もしや土浦先生の麻酔に惚れたかね?」
「えぇまぁ。ぜひ今後のオペも土浦先生に入ってもらいたいものですね」
シラッと言う日下部は、自分がなるべく独占すれば、山岡に回らないと計算している。
「中々美人だったしなぁ。そうかそうか。麻酔科にそれとなく伝えてやろう」
単に面白がっているだけの光村に、けれど日下部はほくそ笑む。
1つの誤算は、ここがナースステーションで、噂好きな看護師の耳があることだった。
(大方計算通りだけど…またネタあげちゃったな…)
これを知った山岡が浮気を疑うことはないだろうけれど、看護師たちは絶対に疑う。
また面倒だな、と思いながらも、日下部は自分が悪役になる分には一向に構わなかった。
ともだちにシェアしよう!