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第87話

数日後。 山岡、日下部ともに外来だったその日、外来終わりに連れ立って食堂へ向かう途中、不意に土浦が現れた。 「あら、日下部くん。今からお昼?」 にこりと妖艶に笑い、いかにも偶然といった様子を装っている。 明らかな待ち伏せにイラっとしながらも、日下部は隣で強張ってしまった山岡が気になる。 「あたしもご一緒していいかしら?」 断られることなど僅かも予想していない、自信に満ちた声だ。 ビクッと揺れる山岡の肩に、日下部は舌打ちを堪える。 「申し訳ないですが、土浦先生」 「あら、そんな他人行儀な呼び方はやめてよ。麻里亜でいいわ」 「……では麻里亜先生。ぜひ遠慮…」 ニコリと微笑もうとした日下部の白衣の腕を、不意に山岡が引いた。 「あのっ、オレはいいですから…麻里亜先生とお昼行って下さい」 真下に近いほど俯いた山岡の、消えそうな小さな声。何とか聞き取った日下部の眉がギュッと寄る。 「山岡先生。先約は山岡先生の方だよ?」 その日下部にも、山岡は俯いたままフルフルと首を振った。 「あたしは別に、山岡先生もご一緒でいいのよ?」 サラリと言う土浦だけど、日下部に言わせればそっちが許可する立場じゃない!というところだ。 けれどもそんな理論、この高飛車が服を着て歩いているような土浦には通用しない。 (こんなに面倒くさい女だったか?) 当時はもう少しサバサバとしていて付き合い易い人だと思っていた気がする日下部は、ふと山岡が白衣を離したことに気づいてハッとした。 「いえ、オレは…失礼します」 俯いていた頭をさらに下げ、山岡はパッと踵を返して逃げるようにその場から去って行ってしまった。 「ちょっ…山岡先生」 「あら。別に逃げなくても」 ほほ、と笑う土浦は、こうなることを意図していただろうくせに、空とぼけている。 「どういうつもりですか?」 山岡が去ってしまい、仕方なく土浦に向き直った日下部は、凍えそうなほど冷たい視線を土浦に向けた。 「噂は本当なの?」 日下部の視線をものともせず、にこりと妖艶に笑う土浦の目的は、やはりそれか、と、日下部は面白くもなく思う。 「なんの噂かわかりかねます」 「本当、他人行儀。敬語やめなさいよ」 「先輩ですから」 「ふん。変わらないわね。でも宗旨変えはしたのかしら?」 スッと、山岡が去って行った方向に視線を流した土浦に、日下部はわざと艶やかな笑みを浮かべてみせた。 「あなたに何かご関係が?」 にこやかに言う日下部は、完全な拒絶を示している。 それでも土浦はへこたれない。 「冷たいわね。昔の男が、男もいけるだなんて、気になって当たり前じゃない」 ふっと高慢に笑う土浦は、黙っていれば妖艶な美人だった。 けれど日下部は、そんな美貌などに惑わされはしない。 「昔の男、ね。ならば今現在にはなんの関わりもないということですよね」 ニコリ。揚げ足を取るのが得意な日下部がスルリと躱すのを、土浦は楽しそうに見つめた。 「相変わらず綺麗に笑うわね。あなたのその作り物みたいな笑顔、嫌いじゃないわ」 クスッと笑う土浦は、半端に過去に関わっていることも、実は頭が良く、回転も速いことが、とても厄介な相手だった。 「わかりました。立ち話で済みそうにありませんね。場所、移動しましょう」 本腰入れて排除にかかる、と決めた日下部が、土浦いわく、『作り物の』笑顔を浮かべる。 「いいわ。ランチがてら、楽しいお話しをしましょう」 にこり。妖艶に笑う土浦の笑顔もまた、嘘くささが全開だった。

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