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第89話
その頃、土浦から逃げるように去った山岡は、山岡を探していた原と出会っていた。
「あっ、いたいた!山岡先生っ」
ニカッと明るい笑みを浮かべて駆け寄ってきた原に、山岡はハッと顔を上げる。
「原先生…?」
「あっれ?日下部先生は?あの人、またおれに、午前中だけじゃとても終わりそうにない仕事置いていって、山岡先生のお昼独り占めしようとしているのかと思ったのに…」
一緒じゃないです?と首を傾げる原に、山岡は曖昧に首を傾げた。
「日下部先生なら麻里亜先生と一緒だと思いますよ」
「は?」
「お昼行く予定だったんですけど、途中で麻里亜先生と会って…」
小さな声でポソポソ言う山岡に、原の目が吊り上っていった。
「なんですか、それ!先約で今カレ置いて、元セフレとお昼ってことですか?何考えてんですか、おれのオーベンは!」
キィッと何故か原が怒っていることに、山岡が苦笑している。
「お、オレが勝手に遠慮したんですよ…」
「はぁっ?なんで山岡先生もそこで遠慮しちゃうんです。日下部先生は今はおれのだ、ドーン!くらい言っちゃって下さいよ」
ムゥ、と口を尖らせる原は、もう一体何がしたいのかわけがわからない。
「無理だから…」
ははっ、と笑う山岡の笑顔に力がなくて、原はパッと山岡の手を取った。
「よぉし、向こうが浮気中なら、おれにチャーンス!山岡先生っ、2人でお昼行きましょ!食堂にします?売店で買って医局とか休憩室でもいいですよ」
レッツゴー、とさっそく山岡の手を引っ張って歩き出す原に、フラフラと山岡はついていった。
「ちょ~っと、何がどうしてああなったの…?」
「本当。日下部先生があの女医とランチ!何でよ~!」
「山岡は山岡で原センセとお昼してたし!どうなってるのよ」
イヤァァ、と悲鳴が上がるナースステーションは、すでに昼の話題で持ち切りだ。
「嫌よ、嫌。いきなり湧いて出た女医に、うちの日下部先生を持っていかれるなんて冗談じゃないわ!」
「でも美男美女で超お似合いだったって…」
「山岡だって美形よ。土浦先生にだって負けていないわ」
大混乱の叫びが、またも廊下まで響いている。
「その山岡はどうなのよ。まさか原センセの押しに流されてるんじゃ…」
「山岡ならあり得る~。原センセは確かに可愛いよ?でも日下部先生を裏切るなんてあり得ないんだから!」
「これは本気で下剋上もありかな~?」
「ちょっとあんたはどっちの味方よ」
「それより日下部先生よ、日下部先生。やっぱり女医がいいの?美女を取るの?日下部先生がそんなフツーの男なのは嫌よ~っ」
阿鼻叫喚のナースステーション内は、当事者たちの思惑をよそに、好き勝手に盛り上がりを見せていた。
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