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第97話
「下がりなさい」
「っ…?」
「強姦が平気なら…これならどう?」
「え…?」
クイッと指先で男になにか指示した土浦に、男たちが動いた。
「な、に…?」
寝ていたソファから抱き起こされ、テーブルの前に連れて行かれる。
そこに上半身を軽く乗せられ、右腕がテーブルの上に真っ直ぐ伸ばされ、押さえつけられた。
「利き手は右ね?」
にこり、と微笑む土浦に、山岡はイエスもノーも答えない。
ただ、腕を押さえつけている方ではない男が、鉄アレイを持ち出してきたのが見えて、視線はそこに釘付けだ。
「ふふ、おわかり?」
高慢に笑う土浦を見て初めて、山岡の目に動揺が走った。
それを見て、土浦が勝ち誇ったように笑う。
「さすがに頭は悪くないのよね。だから、楽しい答えを出してね?」
「っ…」
「利き手、潰すわよ。もちろん、後遺症が残るようにね」
「っ!」
「日常生活ができるくらいにはしておいてあげる。けれど、外科医でいるのは無理」
ふっと笑う土浦に、山岡は完全に怯えを見せた。
「それが嫌なら、日下部くんと別れなさい」
にこり、と妖艶に笑う土浦は、目だけがとても冷ややかに山岡を見下ろしていた。
「さぁ、どちらを選ぶ?日下部くんの側にいることを選んで、手を失うか。手を守ることを選んで、日下部くんを捨てるか」
「っ…」
「愛のために医者を捨てるの?医者でいるために愛を捨てるの?守れるのは1つだけ」
ふふ、と笑う土浦に、山岡はゆっくりと目を閉じていった。
「あんたが言う愛が本物なら、捨てられるわよねぇ?医者の仕事」
それがどれだけ山岡にとって大切なものなのかは、大学病院時代を見て、過去を知る土浦はよくわかっていた。
その上で究極の選択を迫る土浦に、山岡はわずかも考える素振りを見せず、ゆっくりと目を開いていった。
「手を」
「え…?」
「手を守ります」
「っ…?」
「手を守って、日下部先生とは別れます」
真っ直ぐ土浦に視線を向けて言った山岡に、土浦の顔が徐々に崩れ、最後は勝ち誇ったように高らかに笑った。
「あっははは!口ほどにもない。結局あんたは、医者である自分を捨てられず、日下部くんを捨てるのよ」
「……」
「愛が聞いて呆れるわ。ほらやっぱり、そんなものどこにもありはしないじゃない」
様ないわ、と笑う土浦を、山岡は静かな目で見つめた。
その心の中には、決して土浦が思うような敗北感は欠片もない。
「医者でいるためにあんたは…散々愛してるだ愛されているだと言っていた日下部くんを、簡単に捨てられるんだわ。それのどこが愛なの?愛なんてない。ほら、証明できたでしょう?」
「……」
「ならさっそく別れてもらいましょうか」
いつの間に奪っていたのか、山岡の携帯を持ちだした土浦が、日下部の番号を探し出した。
「ここに呼んであげる。あんたは、日下部くんの目の前で、そいつに抱かれなさい」
「っ?!」
山岡を押さえる男を示した土浦に、山岡は一瞬鋭く息を飲んだ。
「いい?自ら望んで抱かれるのよ。それを見せつけて、日下部くんを精一杯裏切って、別れてもらうわ」
クスッと笑う土浦は、本当にどこまでもえげつない。
けれど山岡は手を守るためなら、その条件にも容易く頷いた。
「わかりました」
「聞き分けがいいこと。そんなに大切?その手が。医者という仕事が」
「はぃ」
「………」
「麻里亜先生?」
「ふん。あっそ。くれぐれも、日下部くんの前で変な行動を起こしたり、助けを求めたりしないこと。もししようとしたら、そいつがその瞬間にあんたの手を潰すからね」
あんたには敵わないわよ、と笑う土浦にも、山岡は素直に頷いた。
それを見て、日下部にコールしたらしい電話が繋がったらしく、土浦は少し離れたところで、通話を始めていた。
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