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第105話
日曜日。
車を出してくれると言った日下部と一緒に、山岡は山岡家の墓に来ていた。
「へぇ。静かでとてもいいところだな」
「はぃ。あ、こっちです」
山岡は、いくつも同じような墓石が並ぶ中を、迷わず1つの墓石に向かって歩いていく。のんびりと後を追った日下部は、山岡家とかかれた墓石の前で立ち止まった山岡と並んだところで足を止めた。
「ここかぁ。綺麗になっているな」
「そうですね。でもさすがにお花は駄目か」
最近来たばかりだから、それなりに綺麗になっているお墓。山岡が命日に供えたお酒はそのままで、本当の血族が来ていないのか、敢えて見ないふりで放置されているのかはわからないが、何となくホッとする。
「なんか緊張するな」
クスッと笑って日下部が言うのに、山岡が不思議そうに首を傾げた。
「緊張ですか?」
「うん。だってそうだろう?息子さんを俺にください!って言いに来たわけだから」
クスクス笑った日下部に、山岡がワタワタと挙動不審になった。
「なっ…なんですか、それ…」
最終的に恥ずかしそうに俯いてしまった山岡を面白そうに見ながら、日下部は用意してきた線香に火をつけた。
「ほら」
「っ…ありがとうございます」
1束の半分ほどをごっそり渡してくれた日下部から、ありがたく受け取って、さっそく墓前に手を合わせる。
隣では同じように、残りの半分を墓前に捧げた日下部が、手を合わせて静かに目を伏せていた。
「……」
(山岡さん…この人が、オレの大切な人です。日下部千洋さんって言います。お医者さんです)
心の中で語りかけながら、山岡はゆっくりと顔を上げて、物言わぬ冷たい墓石を見つめた。
(多分…オレ、幸せです)
まだまだその意味はちゃんとわからないけれど、でも何かが確かに満たされていると感じる。
山岡氏が最期に残してくれた手紙の言葉を思い出し、山岡はそっと淡く微笑んだ。
「……」
(初めまして、日下部千洋と申します。医師をしています。泰佳とは、恋人関係にあります。とても、とても大事にしたいと思っています)
日下部は、霊やなんだというものの存在は信じてはいないが、それでも死者へ語りかけるためにあると思う墓石に向かって、真摯に告げた。
(山岡さんに伝えたいことは2つだけです。泰佳を見つけてくれてありがとうございました。必ず幸せにするので安心してください)
ペコと頭を下げた日下部に、ジーッと山岡の視線が向いていた。
「なに?」
「あ、いえ…何を話しているのかな、と」
「なんだ。そういうときは、格好いい横顔に見惚れてた、とか言うんだよ」
クスクス笑う日下部に、山岡の顔がポッと赤くなった。
「なっ、なにを…っ」
その反応に、日下部は思わず頬を緩めてしまった。
「あれ。冗談のつもりだったのに、半分当たった?」
プッと笑いながら言う日下部に、山岡の頬がプクッと膨れた。
「山岡さんの前で何言ってるんですかっ」
「ふふ、山岡氏の前だからだろう?仲がいいところを見せて安心してもらわないと。なんなら誓いのキスもする?」
「ちょっ…や、やですよ…」
冗談っぽく言ってはいるけれど、目が半分本気なのが怖い。
「も、もう済んだなら行きましょう」
パッと日下部の側から離れて行ってしまう山岡を、日下部が楽しそうに眺める。
恥ずかしがり屋のそんなところを揶揄うのも、日下部の楽しみの1つなのだ。
「ふふ、まぁこんな感じなんで。安心して眠ってて下さい。また来年来ます」
ふっと自信たっぷりに言い放ち、日下部もゆっくりと墓石に背を向け歩き出した。
「日下部先生?」
不意に、後ろを振り返った山岡が、首を傾げた。
「ん?」
ゆっくりとそんな山岡に近づいて行きながら、日下部はニコリと笑った。
「さぁて、じゃぁ、何か美味しいものでも食べて帰るか?」
「そうですね」
「あ、そうだ。山岡、墓がここってことはさ、近くに山岡氏と暮らした家もあるの?」
できれば見てみたいな、と言い出した日下部に、山岡はフラリと目を彷徨わせてから、コクンと頷いた。
「車で10分くらいですが…」
「あ、行きたくない?なら無理にとは言わない」
何となく、あまり乗り気ではなさそうな山岡に気づいて、日下部はポンとその頭を撫でた。
「いえ…その。その家は…例の遺言公開がされた場所で…オレが、人生最大の憎しみに触れた場所でもあって…」
「あ…」
「でも今は…っ、行きましょう、日下部先生」
突然何かを思いついたようにスッと顔を上げた山岡に、日下部はふわりと微笑んだ。
「いいの?」
「はぃ。日下部先生と一緒なら大丈夫ですし、見せたいものがあります」
コクンと頷いた山岡を見て、日下部はたどり着いた駐車場で車に乗り込んだ。
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