108 / 426

第108話

「たのも~!たのも~!」 ところ戻って、こちらはナースステーション。 突然フラリとやってきた男が、ナースステーションのカウンター前から中に向かって叫んでいる。 「は~い?」 パタパタと対応に向かった看護師の目が、キラリと光る。 後ろにいた看護師たちもカウンターの方を振り向いて、ヒソヒソと話し始めた。 『誰だろう?でもちょっと良くない?』 『イケメンね。患者さんのご家族かしら?見かけないけど…』 ちょっと見た目いい男を見かけると働くセンサーが、早速作動しているもようだ。 確かにその男、多少荒削りではあるものの十分美形の部類に入る顔立ちをしている。 そんな看護師たちの視線を知ってか知らずか、男がバンッとカウンターを叩いた。 「日下部千洋を出してや」 「えっと、あなたは…」 どちら様?と問う看護師の言葉を最後まで聞かず、男が再びバンバンとカウンターを叩いた。 「ここにおるっちゅ~ネタは上がってんのやで」 ニッと笑った男に、対応していた看護師も、中から様子を見ていた看護師も、一斉に困惑した。 「あの、えぇと、日下部とはどういったご関係で…」 いい感じのイケメンから、一気に不審者に落ちた男に、看護師が恐る恐る問いかけた。 以前世話になった患者だとか、知人だと言うのなら構わないが、悪意や怨恨で自分のところの医師たちに近づかれたらたまらない。 ジッと窺う看護師に、男の視線がジロリと向いた。 「そんなん、本人におうてから暴露せな、おもろないやろ?内緒でおうて驚かせたいねん」 ふふふっ、と笑う男に、ますます看護師たちが不審感を募らせたところに、ふと廊下の先から山岡がやって来た。 「おはようございます…」 相変わらず長めの前髪が顔を隠していて、表情がわからない。 けれども看護師たちが、一応男で医者である山岡の登場に、一様にホッとしたのがわかる。 「あっ、山岡先生、おはようございます。あの、こちらの方なんですけど…」 「はぃ…?」 押し付けてしまえ、という看護師の魂胆には気づかず、山岡はチラリと示されたカウンター前の男に目を向けた。 「なんや?あんた医者か?ようけ顔が見えんのやけど…なんや、こないな犬おったよな?」 ズケズケとものを言う男に、看護師たちが思わずプッと吹き出している。 「はぁ。あの、まだ面会時間外ですので、どなたかのお見舞いでしたら…」 「ちゃうねん。だから日下部千洋を出せゆうとんねん!」 何度も言わせるな、と苛立ち始めた男にも、山岡のマイペースは崩れなかった。 「日下部先生のお知り合いの方ですか?」 「だ~か~ら、それは本人出てきたら…」 ダンッとカウンターをまた男が叩いたところに、廊下の先から、今度は日下部と原が並んで歩いてきた。 「ん?騒がしいけどどうした…」 「ちぃ!」 日下部が現れた途端、パッと顔を輝かせて男が走って行く。 それに気づいた日下部が、男の顔をまじまじと見た。 「……とら?」 ポツリと呟いた日下部に、男がニカッと嬉しそうに笑った。 「せや!久しぶりやな!」 「なんで…?」 のんびりとナースステーションまで歩いてきた日下部に並んで、男も再びナースステーションまで戻ってきた。 原もキョロキョロと2人を見比べながらついてくる。 看護師や山岡の視線の先で、男と日下部が並んで止まった。 「とらが…この人が何か迷惑かけた?」 微妙な空気を察した日下部が、ニコリと微笑む。 途端にキャァッと上がる悲鳴と、看護師たちの目がハートマークになる。 「迷惑というか、日下部先生をお呼びでして」 「お知り合いですかぁ?」 キャッ、キャッと日下部の方に、我先にと顔を出す看護師にニコリと笑って、日下部は男の頭をコツンと小突いた。 「谷野虎男(たにの とらお)。これでも医師。関西の方の病院で専門はウロ(泌尿器科)か?で、俺の従兄弟」 「ども~。とらちゃんて呼んでな」 日下部の説明に、ニカッと笑った谷野に、看護師たちの視線が集中した。 「日下部先生のいとこさん?どうりでイケメン!」 「お医者さんだったんですね!先ほどは失礼しましたっ」 「かっこ可愛い!関西弁がまた素敵!」 げんきんな看護師たちが、身元の知れた谷野に途端に群がり出す。 「で、なんでそのとらが、こんなところにいるんだ?」 1番の謎に首を傾げた日下部に、谷野の顔がニカリと悪戯っぽく微笑んだ。 「明後日からおれもここの医者やねん」 「は…?」 「ここのウロに転勤して来てん。ってゆうても期間限定やけどな。とりあえずよろしゅうな」 遊びに来たで、と言わんばかりの気軽さで言った谷野に、看護師たちが目を輝かせ、日下部の目が胡乱になり、山岡と原が、へぇ、と頷いていた。

ともだちにシェアしよう!