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第109話
「なぁ~、おれも混ぜて~?」
午前中の外来が終わり、連れ立ってお昼に向かおうとしていた山岡と日下部の前に、谷野が姿を現した。
「とら…。勤務は明後日からなんだろう?何をしているんだよ…」
せっかく原を撒いたと思った日下部は、新たな邪魔者の出現に、深い溜息をついている。
隣の山岡は日下部の後ろに1歩下がったところで、静かに成り行きを見つめている。
「だから暇なんや。早目に越してきたし、今日は院内散策でもしてやろっちゅ~つもりで来てん。せや!ちぃ、午後、院内の案内してや!」
名案!と手を打つ谷野に、日下部が長い溜息をついた。
「とらが暇でも俺は仕事だろ。午後はオペだよ」
「ちぇ~。じゃぁ昼だけで我慢するかぁ」
すでに昼食を共にすることは谷野の中では決定事項らしい。
迷惑そうな日下部を無視してニカッと笑う谷野に、日下部が苦笑しながら隣の山岡を見た。
「悪い、山岡先生。これも一緒でいい?」
「はぃ。でもオレの方こそ…」
「山岡先生が先約!邪魔者はとらの方」
「あっ、ひどいわ、ちぃ」
プクッと膨れながらも、本気で気を悪くした様子のない谷野に、山岡がほんのりと微笑んだ。
その流れのまま、3人は揃って食堂に向かい、一般エリアのテーブルについていた。
「職員用使わんの?」
「とらは明後日からなんだろう?まだ部外者」
「そんなん、ちょっとくらいいいやん」
「まぁ、向こうで看護師さんたちに囲まれないためもある」
ふっと苦笑して日替わり定食をテーブルに置いた日下部に、谷野が首を傾げた。
「囲まれる?」
「ちょっとな」
「あ、雑誌…」
首を傾げたままの谷野と違って、納得したように呟く山岡。テーブルに置かれたトレーには、珍しいチョイスのオムライスが乗っている。
「みんな、サイン欲しがってすごいですもんね。芸能人みたいですね」
クスクス笑う山岡に、日下部はますます苦笑を深くした。
「あっ、あれか~!見た見た。イケメン医師。ププ」
「医療雑誌ではないとはわかっていたけど、あそこまでファッション性の強い雑誌だとも思わなかったからな」
「相変わらずモテモテやな。彼女いるん?」
こちらはハンバーグランチを置いて、谷野が首を傾げた。
その発言に日下部はニコリと内心の読めない笑みを浮かべ、山岡が思わずビクッと肩を揺らした。
「ん?どうなん?」
2人の様子には気づかずに、谷野はバクバクと早速ランチを食べている。
「ふふ、可愛がっているのが1人」
わざと曖昧に答えた日下部に、山岡がシューッと俯いていき、谷野が多少驚いたように顔を上げた。
「1人て、絞ったん?」
日下部の過去を知るが故の谷野の発言に、日下部が苦笑した。
「いつまでも子供じゃないからな」
「え~、意外や。ちぃは一生、女たらして、常にハーレム作って、絶対本命なんて作らんと思っとった」
「……」
悪口にしか聞こえない谷野の発言にも、親しい者の気安さが見えて、悪意は感じない。
「ほな、紹介してぇや。この遊び人を本気にさせた相手、見とぉてたまらんわ」
「紹介ねぇ?」
「医者か?看護師か?パンピ?なぁ、山岡センセだっけ?あんたは知ってるん?」
途端に興味を持ち始めた谷野にいきなり話を振られ、山岡が俯いたまま目を泳がせた。
「あ、う、えっと…」
「っつ~か、あんたさん、その髪、邪魔じゃあらへん?」
ヒョイッと首を傾げて、山岡の顔を下から覗こうとした谷野に、山岡がビクッと肩を揺らして身を引いた。
「っ…あの…」
「こら、とら。山岡先生から聞き出そうとしても駄目だよ。この人、1番口固いから」
クスクス笑いながら、さりげなく谷野を遠ざけた日下部。山岡がホッと息を吐き、その言葉には複雑な表情を浮かべた。
確かに自分のことを自分から暴露など絶対にしない山岡なわけだから、間違ってはいないが。
「ちぇ…」
「まぁでもそのうち分かるんじゃない?」
すでに院内、ほとんど周知の事実として広がった噂が、どうやら真実らしいと走っているのを日下部は知っている。
消化器外科病棟スタッフに関して言えば、もう公認の事実状態だ。
谷野が日下部の相手を知るのは時間の問題だろう。
(それがまさか、今目の前にいる男だなんて思いもしないだろうな。バレたときが楽しみだ)
絶対にパニックに陥る、とそのときの谷野の衝撃を想像して楽しむ日下部は、相変わらずSだった。
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