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第113話
「山岡先生っ、急変です」
ナースステーションでカルテの整理をしていた山岡は、パタパタと廊下の方から走ってきた看護師の声に、パッと顔を上げた。
「行きます」
「あっ、おれも!」
たまたま近くで書類を書いていた原が、同じように椅子から立ち上がり、すでに病室に走っている山岡を追った。
「ん~?なんやあったな。急変か」
ナースステーションに出禁になった谷野が、仕方なく時間潰しにいたラウンジからヒョコッと顔を出し、慌ただしい声が聞こえた廊下を見た。
「レ線お願いします。オペ室の準備頼んで」
移動式ベッドのまま、廊下をダーッと押されて行く患者の後をついて来ながら、山岡はベッドを運んでいる看護師に言っていた。
「データ来たら行き先指示します。もしかしたらCTの必要もあるのでそのつもりで」
「はいっ」
パパッと指示を出し、自分は途中でナースステーションの中に入って行った。
原がその後をついて歩いている。
「今朝の採血…これか」
パッとナースステーション内のパソコンをいじってデータを呼び出した山岡が、軽く首を傾げている。
「炎症上がってないなぁ…」
う~ん、と唸りながら、撮影室からデータが来るのを待っているようだ。
「原先生ごめんなさい、ちょっとデータ見ててもらっていいです?来たら教えてください」
言いながら、サッとパソコンの前から離れた山岡が、ナースステーション中央の机の上にある電話に手を伸ばした。
ピピッと短縮を押しているのがわかる。
すぐに相手が出たのか、山岡の声が聞こえ始めた。
「…山岡です。はぃ。日下部先生か井上先生のどちらか出られそうな方…」
「……」
「あっ、日下部先生です?急変で、オペになると…はぃ、原先生そちらに…いえ。え?はぃ、オレはいいですけど…はぃ」
電話の向こうとやり取りしている山岡の肩を、原がポンッと叩いた。
「あっ、ちょっとすみません。原先生?」
「データ来ましたよ。この影…」
パソコンの画面を山岡に見えるように傾けて、脇によけた原が言った。
「はぃ。…日下部先生、緊急オペ確定…はぃ、はぃ…」
原にコクンと頷いた後、いくつか電話の向こうと話した山岡が、原を振り返った。
「オーベンが前立ちさせていいって。やります?」
山岡の言葉に、原がパッと目を輝かせて大きく頷いた。
「ぜひ!」
「無理そうなら外来代診でもいいって。あと、日下部先生が手を空けて来られるまでですけど」
「オペ場で!」
勢い込んで言う原に軽く微笑んで、山岡はパッと雰囲気を変えてナースステーションを飛び出した。
すでに手術室に向かって走り出しながら、PHSを取り出している。
「オペ場に行きます。麻酔科大丈夫ですか?…はぃ…はぃ、10分?はぃ、大丈夫です…」
歩きながら通話を済ませた山岡は、ちゃんと後ろをついて来ていた原を振り返った。
「麻酔科準備かかるみたいです。焦らなくていいですよ」
緊張し始めた原に気づいたのだろう。
歩くペースを落として原も気遣う山岡のその余裕に、原は少し安心した。
「ふぅん。判断は的確。医者として行動もマトモ。せやけど研修医1人連れてオペやと?ちぃが言うからにはただの無謀なアホやないやろうけど…なんや、言うほど優秀なんかい、あれが?ますますわからんわ、山岡センセ…」
こっそりと様子を窺っていた谷野が、う~んと首を傾げ、そんな山岡の背中を見送っていた。
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