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第116話

「さぁ飲むで~」 「えっと、オレは…」 「あかん。おれ1人で飲んでもつまらんやろ。山岡センセも飲まな」 「でも…」 「飲めないんやないんやろ?」 昨日日下部の家に行ったときに、日下部が先に飲んでいていいといったことを思い出し、谷野がニッと笑う。 「飲むことは飲めますが…」 「じゃぁ飲みぃ。一杯だけでもいいんや。付き合うてや?」 な?と上目遣いに頼まれて、断る術は山岡にはなかった。 「じゃぁ一杯だけ…」 「よっしゃ。ほな、おれビール。山岡センセは?」 「じゃぁオレも…」 押しの強い谷野を上手く躱せず、山岡は流されながら、ビールと他に料理を適当に何品か注文した。 「ほい、お疲れさん」 「あ、お疲れ様です」 ビールが運ばれてきて、スッとジョッキを掲げた谷野に、山岡もカツンとジョッキを軽くぶつけた。 「ん~、んまい」 ゴクゴクと喉を鳴らしながらプハッとビールを飲んだ谷野の姿を見ながら、山岡はコクコクと控えめにビールを飲んでいた。 「山岡センセ、酒強い?」 「た、多分普通くらいかと…」 ジッと真っ直ぐ向けられる谷野の視線から、思わずストンと顔を俯けてしまいながら、山岡がポソッと答えた。 「なぁ、山岡センセ、対人恐怖症?」 普通は聞きにくいことをスパッと聞いてくる谷野に、山岡の肩がピクンと揺れる。 決して無神経なのではないし、責めているような響きでもないが、対話に慣れていない山岡はつい言葉に詰まる。 「でも患者さんや看護師さんとは普通に会話しとるよな。じゃぁ醜形恐怖?なんで髪長くしとるの?顔、めっちゃ綺麗やのに。見せたらええのになぁ」 不思議や、と心底疑問だけを浮かべている谷野に、山岡は俯いたまま小さく首を振った。 「オレは…」 「ちぃが隠したがるとか噂されてたけど、あれはデマやな。ちぃは自慢して歩くタイプや。当たりやろ?おっ、料理来たで、美味そうや」 ただでさえ、非常にゆっくり会話するタイプの山岡に、まくし立てるようなスピードで話すタイプの谷野。しかも話題がどんどん変わってしまい、山岡は全く話について行けていなかった。 「サラダ半分こな」 「あ、ありがとうございます」 さっさと料理を取り分けてくれる谷野に、山岡はただ勢いに呑まれている。 「そんでなんだっけ?あぁ、ちぃが山岡センセにべた惚れやゆう噂で…やっぱりちぃから迫ったん?」 見た感じ、山岡にその積極性があるようには見えずに尋ねた谷野に、山岡は俯いたままコクンと頷いた。 「せやろな。でも山岡センセもちぃのこと好きなんやろ?どこがええ?顔?性格?あっ、身体?」 興味津々に聞いてくる谷野に、山岡はカァッと顔を赤くしながら、誤魔化すようにビールを一気に呷った。 「おっ、いい飲みっぷりや。次は?」 「お、オレはもう…」 「んじゃウーロン茶でも頼もか?」 「はぃ…」 「で?ちぃはSやろ。寝室に色々あったしな~。毎晩啼かされまくっとる?」 うしし、と笑う谷野に顔を真っ赤にしながら、山岡がオドオドと視線を彷徨わせた。 「あ、あのですね…そういったプライベートなことはですね…」 「え~、いいやん。おれそういうの偏見ないし…あ、店員さん、ウーロンハイ1つ。…ちぃだってオープンやろ~?」 谷野の発言に恥ずかしくてテンパっている山岡は、途中で挟まった注文の声など耳に入っていなかった。 「あの、えっと、その…」 「純なんやな。それでよくちぃのセックスについていけるなぁ」 どSでど変態やろ?と笑う谷野に、山岡は露骨な表現にますます顔を赤くしていた。 「セッ…って、その…」 「可愛ええなぁ。ちぃはそういうとこも好きなんやろな…」 クスッと谷野が笑ったところに、ちょうど店員が来て注文の品を置いていった。 「ほい、ウーロン茶」 「あ、どうも…」 完全に頭の中がグルグルし始めた山岡は、店員がグラスの中身を言っていった声が聞こえていなかった。 谷野はわざと知らん振りをしている。 「山岡センセのほうも満更じゃなさそうやし、センセ、Mって言われん?」 「なっ…」 「ふふ、隠さんでええ。医者はSが多いてゆうけど、山岡センセは貴重やな」 「貴重って…」 もう恥ずかしい…と目を潤ませながら、山岡は渡されたグラスの中身をゴクゴク飲んだ。 「あれ?これお酒…」 「ん?あぁ、ウーロン茶ゆうたけど、ウーロンハイやったか?まぁええやん」 わざと仕組んでおきながら、谷野がシラッと言うのに、山岡もだんだん羞恥と酔いで思考能力が落ちていた。いやむしろ、谷野の追求の数々に、とても素面ではついていけないと思い、酔ってしまった方が楽だと思い始めたのか。 「まぁいいか」 「せやせや。で、山岡センセ、ほんまはそれだけやないんやな」 「ん~?」 谷野の羞恥の言葉責めで、喉がカラカラだった山岡は、グラスのウーロンハイを一気に飲み干してしまっていた。 「次、ボトル入れよ。あっ、おれの好きな焼酎、マスカットなんてある!これええ?」 メニューを見て目を輝かせている谷野に、なんの好みもこだわりもない山岡はすんなりと頷いた。 「オレはなんでも」 「ええねぇ」 早速注文して、すぐにボトルとグラスが運ばれて来た。 「ささ、飲みぃ」 景気良く注いでくれる谷野に礼を言いながら、山岡はどんどんグラスを重ねた。

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