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第119話

谷野から逃げるように去って来た山岡は、定時ギリギリくらいに病院に着いていた。 急いで向かったロッカーで、慌てて白衣を着ている。 そこへ狙ったように日下部が入って来た。 「おはよう、山岡先生」 「っ!…お、おはようございます…」 開けっ放しだったロッカーの扉に隠れるように立っていた山岡の身体が、ビクッと竦んだことに日下部は気がついた。 バンッ! 「っ…」 ツカツカと山岡に近づいた日下部が、山岡の背をロッカーにつけるようにして、その顔の横に手を叩きつけるようについた音が響いた。 「昨日は帰って来なかったけど。どこで何をしていたのかな?」 ニコリ。笑っているのだけれど、視線が冷たい日下部に、山岡はスッと目を逸らして俯いた。 「すみません…ちょっと…」 「ちょっと?電話したんだけど出なかったし、その後切れちゃったんだよね」 ん?と問いかける日下部に、山岡はハッとして、クルリと身体を返した。 「あの…手を…」 日下部が叩きつけた手で閉めてしまったロッカーのドアを見て言う山岡に、日下部は仕方なく着いていた手を離した。 急いで鞄を取り出し、中を漁った山岡は、真っ暗な画面の携帯を取り出した。 「あ…電源切れてる…。充電かな。すみません」 携帯を確認して頭を下げた山岡に、日下部はスウッと目を細めた。 「事故とか何かあったのかと思って心配したんだけど」 「っ…すみません」 「で?無事で何よりだけど…」 さらに追求を始めようとした日下部の言葉の先を、山岡が不意に奪った。 「すみませんっ。オレ、昨日は…か、川崎さんの家に泊まって…。じ、事件とか事故とかじゃないので…し、心配かけたのはすみませんでした。でも本当、なんともないので」 「山岡?」 「お、オレ、外来の時間なのでっ、もう行きますね!」 ポイッと携帯をロッカーの中に放り込み、バンッとドアを閉めて鍵をして、パッと逃げるように日下部の前から更衣室のドアに走る。 「あ、おい…」 素早く走り去る山岡を捕らえられずに、日下部は不審な山岡の言動にチッと舌打ちをして、ギロッと山岡が出て行ったドアを睨んだ。 「あ~、びっくりした…って日下部先生?す、すみません!でもサボりに来たわけじゃないですよ!」 「は?」 再び開いたドアから、ヒョコッと入って来たのは原だった。 ドアの方を睨んでいた日下部に、自分が睨まれたと勘違いしたのか、ワタワタと慌てている。 「え?な、なんかすごい怖い顔してたから…」 「あぁ、きみにじゃない」 「ん?じゃぁ山岡先生?なんかいきなり飛び出して来て、走り去りましたけど」 ぶつかるかと思いました、と呑気に言っている原に、日下部の剣呑な空気がわずかに緩んだ。 「まったくな…」 「ん?ん?あっ、わかりました。朝から痴話喧嘩ですね。やだやだ」 勝手に解釈した原に、日下部は苦笑した。 「まぁ、あれは喧嘩売られたよな」 明らかにおかしかった山岡の様子を思い出し、日下部はジッと考える。 「え?本当に喧嘩です?ヤッタ!おれ、今チャ~ンス?」 つけ込む!と喜ぶ原に、日下部のシラッとした目が向いた。 「なに?きみも俺に喧嘩売ってるの?そう。買い取ってあげるよ、高値でね」 「え…」 「今日の午後、ラパロ(腹腔鏡)の見学させてやろうかと思ったんだけどな~。これは医局で雑用…」 「えぇっ!嫌です。すみませんっ。ぜ、ぜひ早く山岡先生と仲直りできるように、全力で祈っておきますから!」 オペ見せてくださいぃ、と半泣きになる原に満足して、日下部はニコリと笑った。 「きみにお祈りされなくても、片はつけるけど。本当、きみって面白いよね」 完全に八つ当たり人形にされた原の横をスルリと通り抜け、日下部が余裕たっぷりに笑った。 「え?あの…で、結局おれ…オペ場行ってもいいんですか?」 さっさと更衣室を出て行ってしまう日下部に、原の戸惑う声が響いていた。

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