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第121話
山岡の診察室を出た後、採血室に向かって歩いていた川崎は、やっぱりというかなんというか、あまりにタイミングよく廊下の先からやってきた日下部と遭遇していた。
「こんにちは、川崎さん」
「どうも」
ニコリ、と爽やかな笑みを浮かべている日下部に、川崎も負けじとふわりと微笑む。
先ほどの山岡の様子から、この遭遇はきっと日下部の計算だとはっきりわかった。
「その後、お加減はいかがですか?」
「えぇ、お陰さまで、日常生活に困らない程度には回復していますよ」
ニコリ、ふわりと、互いに内心を読ませない綺麗な笑み同士がぶつかり合う。
「そのようですね。昨夜はうちのがお世話になりました」
ニコリ。かまをかけてきた様子の日下部に、川崎はふわりと微笑み返した。
「えぇ、こちらこそ。山岡先生を一晩中お借りしてしまって」
シラッと嘘をつける川崎に、日下部の頬がピクリと微かに引きつった。
「突然泊まるだなんて、ご迷惑だったでしょう?」
「いえいえ、そんなことはありませんよ。昔懐かしい話もたくさんできましたし楽しかったです」
互いが嘘だと分かっている会話を無駄に続けた挙句、先に痺れを切らしたのは、珍しく日下部の方だった。
「って、頼まれたんですね?」
「ふふ、何のことでしょう?」
「本当に山岡は、昨日あなたの家に泊まったんですか?」
笑顔を消してジッと見つめてくる日下部に、川崎は軽く両手を上げた。
「イエス、と言ったら?」
「山岡に罪を重ねさせるあなたを軽蔑します」
ふっと皮肉に笑う日下部に、川崎はおぉ怖、と笑い声を上げた。
「山岡先生もよくこれと張り合う気になりますよね」
おれは勘弁、と苦笑する川崎に、日下部の笑みが深くなった。
「では本当のところを教えてください」
「というか、もうわかっているんでしょう?あの山岡先生の嘘をあなたが見破れないはずがない」
分かりやす過ぎる、と苦笑する川崎に、日下部は思わずフッと笑ってしまった。
「まぁ、あれで隠せると思っているところを逆に尊敬しますが」
「プッ、可哀相に。でも、ご察しの通りですよ。山岡先生は昨日はうちになんて来ていません。それでさっき、うちに泊まったことにしてくれと頼まれました」
サラリと真実を暴露した川崎に、日下部の目がスッと細くなった。
「いいんですか?山岡の信用を裏切って」
自分でそうさせておきながら尋ねてくる日下部は何様なのか。
けれども川崎は、そんな言葉には惑わされなかった。
「約束は破ってませんよ。おれはそう証言する、と約束して、実際そうしましたよ?バレたらどうするとまでは言ってません。そこまではもう責任持てませんよね。それに、おれは山岡先生の味方だ、と言いました。嘘をつき通すことが正しいとは思わないし、それが山岡先生のためになるなんてもっと思いません」
「……」
「おれは、あなたが誓いを決して破らないだろうと信用しているんです。昨日実際に何があったかなんておれにはわかりませんよ?だけど、あなたは一生山岡先生を手放さないと誓った。決して見捨てないだろうと信用できる」
「ありがとうございます。俺もあなたが、こうして山岡を間違いに引きずらずに、きちんと光でいて下さることに感謝します」
いつの間にか、ここにはここで、山岡を通して強い絆が生まれているようだった。
「それにしても山岡先生…浮気なんてできるタマじゃないと思うんですけど。そうでないとしたら、日下部先生に隠さなきゃならないような何が…」
「浮気でしょうね」
「は?え?」
「と、まぁ本人はそう思い込んでいる、というところでしょうかね。幸い、心当たりはこちらに1つ」
「へぇ?またなんであなたたちはこう、いっときも平和でいられないんですか?2人してトラブル引き寄せ体質なんですか?」
次から次へと忙しい、と苦笑している川崎に、日下部も疲れたように溜め息をついた。
「好きで引き寄せているんじゃないんですが。そういうあなたもトラブルの筆頭だったじゃないですか…」
「あはは、その節はどうも。そういえば」
「はい?」
「土浦麻里亜。辞めたようですねぇ」
スゥッと目を細めて探るように見てくる川崎に、日下部はシラッと頷いた。
「辞めましたね。どうしたんでしょうね?」
「っ…。本当、あなただけは敵に回しちゃいけない」
空とぼけている日下部だが、きっと土浦は山岡を傷つけたのだと、川崎は確信した。
「クスクス。それでは、俺は新しく用事ができましたので、これで。お大事に」
「ありがとうございます。日下部先生も、お仕事頑張ってください」
っていうか、サボってばかりいないでしろよ、と暗に言っている川崎に笑って、日下部はヒラリと白衣の裾を翻してこの場を立ち去って行った。
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