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第122話
その日下部が次に向かったのは、泌尿器科の病棟だった。
「こんにちは。今日付けで入った新入り先生いる?」
ニコリと綺麗に微笑みながら、ナースステーションのカウンターに寄りかかった日下部に、中にいた看護師が一斉に飛び出してきた。
「く、日下部先生っ!」
「キャァッ!外科の日下部先生よ!どうしたんですかっ?!」
「えっ、嘘?日下部先生がうちに?あたし、サイン欲しかったんだった!」
消化器外科のノリよりさらに激しく、ドドドと音がしそうな勢いで日下部に群がった看護師たちに、日下部が気圧されながらニコニコ笑っている。
「まぁ、サインなら後でするから。それより、とら…えっと、谷野先生、こっちにいる?」
外来に名前がなかった、と言う日下部に、看護師たちが我先にと例の雑誌を持ち出しながらも、コテンと首を傾げた。
「谷野先生?あぁ、とら先生?」
「あ~、とら先生なら、さっき医局に行くの見ましたよ~」
やけにフレンドリーな呼び名に苦笑しながら、谷野ならやりそうだと思って、日下部はスッとカウンターから身を引いた。
「医局ね、ありがとう」
「イヤァァ、本物マジ綺麗」
「実物ヤバいね、イケメンすぎ」
「って待ってください日下部先生っ。サインは~?」
「あっ、あたしも見惚れてる場合じゃなかった、サイン!」
サッと身を翻してしまう日下部に、看護師たちは慌てて縋った。
「うわ。ここの看護師さんたちは根性あるね…。わかった、わかったから、雑誌借りておいていい?サインしておくよ」
前に回り込まれ、左右も固められて雑誌をいくつも突き出された日下部は、逃げ道がなく、渋々その雑誌たちを受け取った。
「なんや?なんの騒ぎやねん?」
不意に、日下部が看護師たちに囲まれていた廊下に、ふらりと谷野が歩いてきた。
「あ、とらいた」
「なんや?ちぃ?どしたん?ウロになんか用か?」
看護師たちの間から、頭一つ飛び出していた日下部を見つけ、谷野が首を傾げている。
「とらを探してたんだよ…」
「ふぅん。で、なんでうちの看護師でハーレム作っとんねん」
シラーッと白けた目を向ける谷野に、日下部はふわりと微笑んだ。
「どこへ行ってもモテちゃうんだよね。罪だなぁ」
ふっと笑う日下部に、周囲にいた看護師たちの甲高い悲鳴が轟いた。
「ちょ、うるさいねん!ここ病棟!それにちぃ!うちの看護師までたらすなや。外科だけにしときぃ!」
おれの分、取んなや~!と喚いている谷野に笑って、日下部はどうにか看護師たちの間からスルリと抜け出した。
「仕方ないだろ?勝手に寄ってくるんだから。それよりとら、話がある。付き合え」
ニコリと看護師たちに微笑んで手を振って、ふっと谷野に移した視線はとても鋭い。
「へぇ、へぇ。ちぃ様のゆうことには、なんなりと従いますよ」
ふふん、と強気に笑っている谷野は、すでに日下部の用事を察しているようだ。
食えない従兄弟め、と思いながら、日下部は谷野を連れて、手近なカンファレンスルームに向かった。
「え?え?なに?あれ。もしかして、日下部先生ととら先生って、友達?」
「何か、すごく親しそうだったよね?」
「ちぃとかとらとか呼びあってた!うそ、日下部先生と接点できちゃうんじゃない?」
「ナイス、とら先生!使える男だ!」
「しかも、とら先生も十分イケメンだよね?すごいラッキーじゃない?」
キャァァ、と騒ぎが広がる看護師たちの生態は、大体どこの科へ行っても似たりよったりのようだった。
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