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第127話

「さてと。そろそろ上がるか。山岡先生も上がれる?」 不意に、書き物をしていたデスクの上から顔を上げ、日下部が積み上がったファイルの間に埋もれそうな山岡の頭を上から覗き込んだ。 「っ…はぃ…」 こちらも医療保険の書類やら診断書やらを書いていた山岡が、今にも雪崩を起こしそうなファイルの間からチラリと顔を見せた。 「やったぁ~!今日はこんなに早く帰れるんですね!」 わ~い、と読んでいた本から顔を上げた原が、嬉しそうな声を上げた。 「早いったって、もう定時は大分過ぎてるぞ」 「それでも普段に比べたら全然。明日休みだから、久しぶりに飲みに行ける!」 バタバタとデスクの上を片付けながら、原がテンション高く浮かれ始めた。 「実は今日、合コンなんですよ~」 ふふっ、と笑う原は、本当に楽しそうだ。 「へぇ?合コンね。きみ、山岡先生を落とすんじゃなかったの?」 「う。それとこれとは別なんです!」 「あっそ。別にどうでもいいけど」 クスッと笑う日下部は、若いねぇ、なんてまたもおじさん発言をしている。 「今日こそは、医師免許目当てじゃない彼女をゲットしてやります」 拳を握り締めて気合いを入れている原に、日下部は苦笑した。 「モテまくるのは医師免許だけって?可哀想に」 「っ…。医師免許なんてなくても普通にモテまくる日下部先生にはわかりませんよ!今日は絶対にお持ち帰りしますからね」 ニッと気合い十分に笑う原に、日下部もニコリと笑った。 「まぁ頑張って」 「自分に恋人いるからって、その余裕な感じ、ちょっとムカつきますね」 「あまり口を滑らすと、その合コンとやらに行けなくなるよ?」 ニコリと笑う日下部は、原の上司で、今ここで帰らすも残業を言い渡すも思いのままなのだ。 「っ!今日は本当に勘弁して下さい」 「まぁ、俺もさすがに今日は早く帰りたいし、勘弁してあげるけど」 「ホッ、よかった。でもそういえば日下部先生だって、山岡先生が医者だから惚れたんでしょう?」 「まぁそうだね」 「じゃぁもし山岡先生が医者じゃなかったら、好きになりませんでしたよね?」 不意に、真剣な顔をして聞いてくる原に、日下部はふわりと笑った。 「出会いもしなかったかもね」 「う~ん…」 「でも、そんなもしも、考えたって仕方ないじゃない。現実に山岡先生は医者だし、その山岡先生に俺は惚れたわけだし、今はそんなのただのきっかけで、俺は山岡先生の全てが好きなんだから」 ニコリと笑う日下部に、つい2人の会話を聞いていた山岡の肩がビクッと跳ねた。 「はいはい、ごちそうさまです。だけど、そっかぁ…」 「うん?」 「きっかけは、医者だから、でもいいんですよね…」 「俺はそう思うけど?それはただの始まりに過ぎなくて、そこから医師免許なんてどうでもよくなるかどうかは、出会った2人次第だろ」 「はい…」 「今は俺、山岡先生が医者じゃなくなったって、ずっと好きでいる自信あるよ。山岡先生が何者でも、何を仕出かそうと、最悪犯罪者になっても、きっと山岡泰佳って1人の人間を愛し抜ける」 ぬけぬけと恥ずかしげもなく言い切れる日下部に、原が胡乱な目をしながらも、羨ましそうに微笑んだ。 「おれもきっと、医者だから近づいたけど、原くん本人はなんか違ったとか言われないような…医者だから近づいたけど原くん本人って魅力的だね、って言ってもらえるように頑張ります!そういう相手を見つけるぞ~」 急に気合いを入れまくって燃える原を、日下部が鬱陶しそうに見つめた。 「あまりがっつきすぎて引かれないように。って、なんで俺、研修医の恋愛事情まで指導してるんだよ…」 「いやぁ、モテ男日下部先生のテクをですね、ぜひ伝授…」 「馬鹿言ってないで帰るよ。な?山岡先生?」 何故かファイルの間で呆然と固まっていた山岡を、不意に日下部が呼んだ。 「は、はぃ…」 「どうかした?」 「っ…いえ」 フルフルと首を振る山岡の内心を、本当は日下部はわかっていた。 そうなるように発言を操作した日下部は、本当に恐ろしいほど頭の切れる策士なのだ。 「じゃぁ出ようか。山岡先生、荷物ロッカー?」 「はぃ…」 ストンと視線を落として、日下部と目を合わせようとしない山岡を見ながら、日下部はバサリと白衣を脱いだ。 「俺、今日ここに置いてあるから、早く取っておいで」 「は、はぃ…」 ボソッと言って、静かに席を立った山岡が、医局を出て行った。 「いいなぁ、同棲って感じ。どうせ今夜から明日もずーっと、山岡先生とラブラブするんでしょ?あ~羨ましい」 「さぁてね。そうなるかどうかは、山岡先生次第なんだよな」 「え?なんです?実はまだ喧嘩中なんですか?」 普通に話していたように見えたけど…と首を傾げている原に、日下部はニコリと笑った。 「って言うか、きみも早く帰れば?合コン行くんでしょ?」 「あ、そうです。そうでした。でもついでなので、下までご一緒してもいいですか?」 「まぁお好きに」 変なやつ、と思いながら、日下部は鞄を持ってオズオスと戻ってきた山岡を見て、ドアの方に向かった。 「無事急変もなかったようで」 クスッと笑う日下部に、山岡がピク、と小さく反応し、原が慌てて荷物をひっ掴み、日下部の後を追ってきた。 (俺の気持ちは伝えたし、後は山岡次第だな。最後の賭けに、ロッカー1人で行かせたけど、大人しく戻ってきた。そうだよ、おまえは俺を裏切れない。本当に嘘なんか、つき続けられるはずがないんだ。早く気づけよ…) ひっそりと思う日下部は、さっきの台詞は、原に言っているようでいて、山岡に向けてメッセージを放っていたのだ。 (何を仕出かそうと、山岡を愛し抜ける) ふわりと笑った日下部と並んで、3人は病棟を後にした。

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