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第130話

髪と身体を洗い、浴槽に身を沈めた山岡は、膝を抱えて小さく丸まっていた。 ちゃぷんと揺れるお湯は、髪から滴る水滴か、目から落ちた涙の波紋か。 「っ…オレ…」 酔っ払って恋人以外と寝ただけでも最低なのに、それを隠そうとしていくつも嘘をついた。 「どれだけ叩かれても文句言えないや…」 風呂の底についたお尻が、ムズムズとすでに痛い気がしてきた。 「お風呂出たら、痛い目に遭わされる…。やだな…」 この期に及んで、まだ拒否したい気持ちが持ち上がる自分に嫌気がさす。 「っ…覚悟、決めなきゃ…」 ちゃぷんと掬い上げたお湯で、バシャバシャと顔を洗う。 罰を受ける前から、こんな風に泣いてちゃいけない、と思いながら、山岡はグッと腹に力を入れ、ザバッと湯を振り払い立ち上がった。 風呂を出て、濡れた身体をタオルで拭き、前開きボタンタイプのパジャマを見につける。 下はボクサータイプの下着に、上とセットのパジャマのズボン。 ガシガシと髪をタオルドライだけして、山岡は震える足を必死で動かし、バスルームからリビングへ向かった。 「っ…日下部先生…」 ソロソロと向かったリビングのソファで、日下部はのんびりと雑誌を開いていた。普通のファッション雑誌らしく、山岡でも知っている芸能人がお洒落な服を着てポーズをとっているのが見えた。 「っ…、お風呂…お先に、いただきました」 震えてしまう声はどうしようもなく、山岡は雑誌に視線を落としたままの日下部を窺った。 「ん…」 ふと、ようやく雑誌をパタンと閉じて、顔を上げた日下部が、チラリと山岡を見た。 「おいで」 冷たくそれだけを言って、スッとソファから立ち上がった日下部は、そのまま黙って寝室のドアの方へ歩いて行った。 「っ…はぃ…」 もつれて上手く動かない足を、それでも何とか動かして、日下部の後を追う。先に寝室に入った日下部が離したドアを、慌てて引き止めた。 「っ…」 閉まりかけたドアを押さえて、自分が入れるだけのスペースを開けて中に入った山岡は、ベッドの端に横向きで腰を下ろした日下部を見て、ビクッと足を止めた。 パタンと後ろでドアが閉まる。 「おいで」 「っ…」 「わかっていると思うけど、今から、痛いことだけする」 部屋に1歩入ったところで止まって動かない山岡に、日下部の厳しい目が向けられた。 「覚悟、できてるよね?」 「っ…はぃ」 「今日は痛い思いだけすることになるからね。嫌だろうけど、山岡に拒否権はないよ?わかってたら、ここにおいで」 「はぃ…」 ギクシャクと、油の切れた機械のようなぎこちない動きで、それでも日下部のもとまで歩いていく。 ベッドに座っている日下部の膝をジッと見つめた後、ノロノロとその上に身体をうつ伏せた。 「っ…」 きゅっ、とまるまる手足の指先は、恐怖からか。 固く目を閉じた山岡の身体は、小さく震えていた。 「もう、何も言わなくていいよね?しっかり反省して」 「はぃ…っ」 静かな日下部の声が聞こえたと思ったら、ズルッとズボンと下着が下ろされた。 ゴムだけのパジャマのズボンは、あまりに呆気なく山岡のお尻を剥き出しにした。 ふわりと、日下部の平手がお尻に乗る。 「っ…」 ギク、と身体を強張らせてしまった山岡のお尻から、スッと離れた日下部の平手が、高い位置に振り上げられた。 パァン! 「っ…ぅ、いっ…」 ズッと身体が前に押し出されてしまいそうな衝撃だった。 ビクッと山岡の身体が仰け反る。 ふわりと浮かび上がった赤い平手の跡が、その衝撃の強さを物語っていた。 パァンッ! 「ああぁっ!」 悲鳴を堪えることが不可能なのだろう。 子供にするようなお仕置きだけれど、その力の加減がまったく別物だ。 お尻が壊れるのではないかと思うほどの痛みに、山岡は早くも目を潤ませ、パタパタと足を跳ね上げた。 「ひっ、やぁっ、いっぁぁ」 連続していくつも叩かれ、山岡の目からパラパラと涙が散った。 「痛いっ…ふぇっ、やぁっ、いやぁっ」 パタパタと足を跳ね上げ、身をよじって痛みから逃げようとする山岡。 無意識の仕草だとわかりながらも、日下部はそれを厳しく咎める。 「いや、は、反省してないってこと?」 「っ…違っ、痛ぁぁっ!」 「あまり態度が悪いと、パドルを持ってくるよ」 「あっ、あっ、いや…いやぁ、ごめっ、なさっ…我慢っ、するからぁっ…」 ふぇぇっと泣きながら、山岡は子供みたいにイヤイヤをした。 「あぁぁっ!痛ぁっ、やぁぁ…」 ギューッと手を握り締めて頭を下げ、必死で痛みを堪えている。 叩かれているお尻はもう真っ赤で、熱を持ち始めている。 それを日下部は、なおも衝撃で尻たぶの形が歪むほどキツく叩いた。 「ひぃっ!痛ぁぁっ…うぁぁんっ」 やはり反射的にバタバタと暴れ、もがいてしまう山岡の身体。 日下部はそれをグッと押さえつけながら、また平手を振り上げた。 「あぁっ!痛ぁ…あぁぁ…痛いぃぃ」 顔をぐしゃぐしゃにして泣きじゃくり、山岡はギューッと日下部の足にしがみついた。 「うぁぁ…ごめっ、なさっ…嘘っ、も…つかなっ…痛ぁっ!」 上半身を丸めるように顔を伏せながら、山岡は涙と鼻水と涎で苦しい息の下から必死で言葉を紡いだ。 「痛ぃ…ふぇぇっ、痛いぃ…」 「うん」 「いぃやぁっ…ごめっ、なさっ…」 「うん。嘘をついた代償は大きいね」 「っ…はぅっ、んっ、痛ぁ…ん、はぃ…ごめっ、なさい…」 もうハァハァと息を上げて反射的に痛がるだけの山岡に、日下部はそろそろと平手を振り下ろすペースを緩めた。 同時に威力も弱める。 「うぁぁ…痛ぁ…ごめん、なさい…」 うぇぇん、と泣く山岡の声が響き、それに混じっていた肌を打つ音が止まった。 「ん…。もういいよ」 「ち、ひろ…?」 「うん。お終い。反省できたでしょ」 「っ、はぃ」 「おわり」 ポンッと頭に触れた日下部の手に、クタァッと脱力した山岡が、ズルズルと後退し、床に落ちた。 「ふぇぇっ、痛い、痛いぃ」 早速お尻に手を回している山岡。その手がお尻の熱さに触れ、ビクッと引きつっているのがわかる。 「っ!痛い…熱い…。こんな、腫れっ…」 恐る恐る再びお尻に触れた山岡は、その熱さに驚き、不意に日下部の手に目を向けた。 「あぁぁ…」 利き手の平が真っ赤なことに気づいて、さらに新しい涙が山岡の目から溢れ出る。 日下部はそれに気づいて苦笑した。 「痛いな」 「っ…ごめっ、ごめんなさっ…」 「ふふ。山岡のお尻よりマシ」 クスクスと笑う日下部にクシャリと顔を歪めて、山岡はフルフル首を振った。 「オレは、自分が悪いけど…」 日下部先生は巻き添えだ、と言う山岡に、日下部はふわりと微笑んだ。 「上等、上等」 「え…?」 「泰佳はもう、1人じゃないんだよ。俺と2人で歩いているんだ」 「っ…」 「思う存分巻き込めばいい。痛みも苦しみも、喜びも楽しみも、悲しみも辛いことも、俺は泰佳と一緒に感じることなら、全部受け入れられるんだよ」 ニコリと綺麗に笑う日下部に、山岡の目が大きく見開かれ、泣き顔がさらにクシャクシャに歪んだ。 「んっ。んっ」 コクコク頷きながら泣きじゃくる山岡に、日下部はふわりと笑みを向けた。 「ほら、もう上がって寝ろ。疲れただろ?」 「っ…」 よいしょ、と床で蹲る山岡を引っ張り上げ、ベッドに乗せる。 山岡の身体がピクンと震えて、慰めを求めたのがわかった。 「今日は駄目」 「え…」 「嘘をついた分は終わりだけど、まだ全部許したわけじゃないよ」 「あ…」 日下部の、優しい笑顔なんだけど厳しい言葉に、山岡はベッドの上でシュンと俯いた。 「今日はもう、抱き締めないし、慰めない。山岡には触れない」 パッと両手を開いて上げた日下部に、山岡はポロポロ泣きながらコクンと頷いた。 「手当てもしないからな。痛いだろうけど、そのまま寝ろな」 「はぃ…」 「じゃぁ俺は、風呂入ったり色々したりすることあるから。また明日。おやすみ」 ニコリと笑ってベッドから離れていく日下部を、山岡は静かに見送った。 「おやすみなさい…」 自分が悪いから仕方がないのだ。 他人に触れられてしまったこの身体を、無条件で恋人に触れてもらえるはずがない。 そんなことはわかっていた。わかっているけど、寂しくて悲しくて、山岡はポロポロと泣きながら、布団に潜り込んだ。 「明日起きたら、今度は浮気のお仕置きが待っているからな。今は身体を休めておけよ」 クスッと笑って、日下部はパタンとドアを閉じてリビングの方へ消えて行った。 「んっ…ふぇっ…」 枕を涙で濡らしながら、山岡はいつの間にか眠りに落ちていった。

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