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第134話※

「はぃ。ちゃんと言うこと聞きます…」 キュッと拳を握った山岡を見て、日下部は楽しそうに目を細め、山岡が小さく丸まっている隣に腰を下ろした。 「っ…お、オレはどうしたら…」 慌ててワタワタとソファを下りようとしながら困惑する山岡をチラリと見て、日下部は笑った。 「別に普通に過ごしてていいよ?ペットだと思えばいい。あっ、でも歩くときは犬みたいにして」 ふふ、と笑う日下部の言葉は、つまり四つん這いで過ごせということか。 「っ…はぃ…」 ならばここから動かなければいいや、と考えた山岡は、ソファの上で、なるべく裸を隠すように小さく丸まったままでいた。 チラッとそんな山岡を見て、日下部はクスッと笑う。その悪い笑みの下は、間違いなく、そのうち嫌でも移動しなければならない状況を作ってやろうと目論んでいた。 「ま、とりあえずテレビでも見るか」 最初は油断させてやろう、と、日下部はパチッとテレビをつけた。 「あ、地震か。このところ結構あるな~」 たまたまつけたテレビに、独特の警告音と共に地震速報の表示が出た。 「そういえば前にさ、こっちも結構揺れた大きな地震があっただろ?山岡、そのとき何してた?」 「え?」 まだ出会う前だな~、と呟いている日下部に、山岡は微かに考える。 「あ、オレ、オペ中でした」 「うわ、本当に?確かに真っ昼間の午後だったもんな。最悪だね」 とても嫌そうな顔をした日下部に、山岡も当時を思い出したのか、少し苦い顔をした。 「さすがにみんな動揺しちゃって…オペ室内は分かりませんでしたけど、停電もしたんですよね…」 「大変だったな。俺、オペ中と風呂とトイレだけは、地震が来て欲しくないと思う」 ニコリと笑う日下部に、山岡も思わずクスッと笑ってしまった。 「オペ中と、お風呂とトイレが同列なんですか?」 可笑しい、と頬を緩める山岡に、日下部もクスクス笑った。 「だってしてる途中とか、素っ裸だったら、逃げるの躊躇しちゃうだろ?」 「確かに…。じゃぁオレ、今地震が来たら…」 「シーツにくるんで連れ出してやるよ」 「っ…」 クスクス笑う日下部に、そういう問題か?と、山岡が嫌そうな顔をした。 「あの…そ、そういう日下部先生は何をしていたんですか?」 「俺?俺はカンファ中だった」 「そうですか」 「うん。すぐにカンファどころじゃなくなったけどな」 ニコリと微笑んだ日下部に、山岡がそっと顔を上げて小さく笑った。 「なんか、嬉しいです」 「え?」 「そうやって、日下部先生のことを知れるの」 ふわりと笑う山岡に、日下部が胸をキュンと震わせていた。 「山岡、天然爆弾投下しすぎ」 (油断させたところを一気に落とそうと思って、世間話を仕掛けていたんだけどね) 日下部は、思いもよらない反撃にあって苦笑した。 「え?」 「いや、こっちの話。でも、俺も嬉しい」 「え…?」 「こういう世間話を、山岡と自然にできるようになったのとか、山岡が俺のこと聞いてくれるのとか」 「そ、そうですか?」 「うん。山岡、コミュニケーション、大分慣れて来たよな~」 いい傾向、と笑う日下部に、山岡は恥ずかしそうに俯いた。 「そういえば日下部先生、始めはオレの対人関係を鍛えるためにオレについたんでしたよね…」 「え?」 「え…?違いましたっけ?」 キョト、と首を傾げた山岡に、日下部は苦笑した。 「まぁ、違わないけど…」 (あれがただの近づく口実で罠だったって思ってないの?本当…なんて純粋) それをこうしてどんどん汚していくのが、悪いような、けれどゾクゾクする快感が勝る日下部は、やっぱりやっぱりSだった。 「なぁワンちゃん」 「っ?!」 「ワンコらしくしゃべって」 クスッと笑って、突然現実を意識させる要求をしてきた日下部に、山岡がグッと言葉に詰まった。 「お返事は?」 ニコリと視線を向けられ、その要求の意味が分かる山岡は、目に涙を浮かべた。 「ん?うちのワンちゃんは、お返事もできない駄犬だったかな?」 ニコリ。とことん意地悪な顔をした日下部に、山岡はストンと俯いて、震える唇を動かした。 「っ…わ、わん」 消えそうな小声で言って、顔を真っ赤にする山岡に、日下部の目が輝く。 (うわ。羞恥と屈辱にまみれながらの従順さがヤバい) 癖になりそう、とニヤける日下部に、山岡は溢れ落ちそうな涙を堪えていた。 「さぁてと、久々にのんびりとした休日だし、溜まっている洗濯をしつつ、掃除でもするか」 うーんと伸びをしてソファから立ち上がった日下部に、山岡の目がチラリと向いた。 「何か洗うものあったら出せよ?」 ん?とソファに丸まったままの山岡を見下ろす。 「あ、脱いだそれ、洗うの?なら洗面所に持ってきてな?」 さっき山岡が脱ぎ捨てたまま床に散らかっているパジャマを示して言う日下部に、山岡の躊躇う視線が向いた。 「洗わないなら、片付けてな?そんなところに放置しておかないで」 にやり、と笑う日下部は、どっちにしろ、山岡を動かす気が満々だった。 「っ…」 「返事は?」 「っ、わ、ん…」 うるっと目を潤ませて俯いた山岡は、グズグズと躊躇した挙句、ソロソロとソファから足を下ろした。 「っ、ぁ…」 尻尾のついているプラグは、小さな身動きでも酷く気になるのだろう。 カクンと力の抜けた山岡の身体がわかる。 日下部は、ニヤケそうな顔を堪えながら、そんな山岡をのんびり観察して楽しんでいた。 「っ、ぅ…やぁ…」 何とか床に下りた山岡が、言いつけ通り四つん這いで歩き始める。 ノロノロと進む手足に、ブルブル震えている身体は、プラグを意識してしまうせいか。 手足をそっと進める度に、ユラリと揺れる尻尾は、中まで震動を伝える。 普段ならたった数歩の距離を、恐ろしく時間をかけて、山岡は進んだ。 それでもなんとか脱ぎ散らかしたパジャマの元までたどりいた山岡が、手を伸ばす。 「あ、口で運んでよ」 不意に思いついたようにニコリと言った日下部に、山岡の動きがビクッと止まった。 「え…?」 「口にくわえて。な?」 ニコリ、と要求を重ねる日下部に、山岡はさすがにフルフルと首を振った。 「ふぅん。逆らうんだ?そんな悪いワンコには躾が必要だね」 ふっと意地悪く笑った日下部が、パジャマの前で固まっている山岡に近づいた。 「っ…」 途端にビクッと身体を竦めた山岡を逃がさず、日下部は四つん這いになっている山岡の後ろに手を伸ばした。 「なに…?」 「ん?覚えておくといいよ。言うこと聞けない悪いワンコにはお仕置きがあるから」 ふふ、と笑った日下部は、山岡の中に入れたプラグの何かをいじった。 「ひっ、やぁぁっ!」 途端にブルブルと小さな震動を始めたプラグの付け根。 突然の刺激に山岡が飛び上がる。 「ふふ、ローター機能付きなんだよね、それ」 小刻みな震動に刺激された山岡が、イヤイヤと必死で首を振った。 「まぁ、奥まで届いていないし、入り口だけの刺激だから、もどかしいでしょ。それなのに無視できない程度には快感?」 「っ…いや、いやぁ…。と、止めてくださっ…」 日下部の言葉は、図星だ。 決定的な快感ではない、けれど続けられれば地味にムズムズと快感が湧いてくる、その刺激。 「ごめっ、なさ…っ、する、するからっ…これ、やぁ…」 お願い、と日下部に縋りついてくる山岡に、日下部はもう一声要求した。 「ワンちゃんらしく、な?」 「っ!…ふっぇっ…お、お願いわん」 ポロッと涙をこぼしながら、必死で日下部を見上げて言った山岡に、要求しておきながら、日下部はウッと口元を押さえて目を逸らした。 「ふぇぇっ、くさかべ…っ、せんせ…っ」 言ったのに、と泣く山岡に、あぁ、と視線を戻して、日下部はプラグの振動を止めてやった。 「はぁぁ…」 途端にホッとして、脱力する山岡を、日下部がジッと見下ろす。 「っ…?」 次は何を言い出されるのか、と怯える山岡に、日下部は完全に堕ちていた。 「ヤバイな…」 可愛すぎる、とひそかに思っている日下部は、フイッと山岡から目を逸らして山岡を避けてかがんだ。 「これ、洗っておいてやるから」 落ちていたパジャマを拾い上げ、スタスタと洗面所に向かってしまった。 「え…?怒っ…?」 (急に冷たく…) 「オレ、ちゃんと言うこと聞けなかったから…?」 パジャマも持って行ってしまったし…と戸惑う山岡は、どうしようとオロオロしていた。

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