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第137話

それに対して日下部は、そっと山岡の身体を解放して、ジッと真剣な顔をした。 「じゃぁ、俺が悪い?」 「え…?」 「山岡がとらに抱かれてないってわかってて、こうして意地悪している俺が悪いのかな?」 そうだとしたら、謝るよ?という日下部の言葉は、山岡の中にきちんと浸透した。 決して馬鹿ではない山岡は、そこから容易く自分の答えにたどり着く。 「ごめん…なさい…」 「ん…」 「違います。日下部先生は何も悪くないです…」 「うん」 「オレが悪かったんです…。ちゃんと谷野先生に確かめればよかった。ううん、そもそも、まだよく知らない相手の前で酔ったりして、正体なくして、記憶まで失くして…。ホテル行っちゃって、何がなかったとしても一晩一緒に過ごして…」 「うん」 「誤解されても仕方ないことして…。そう、恋人がいるのに、違う相手とそういう場所に行ったってだけで浮気ですよね」 「うん」 「もし反対だったらね、オレ、すっごく嫌です。日下部先生が、誰か他の人とって…」 「そうだね」 「やっぱりオレが悪いです…。だから、日下部先生は怒っていい…。オレは、千洋を裏切ったんです」 ごめんなさい、と頭を下げる山岡に、日下部は勝ち誇ったように谷野に視線を向けた。 「聞いた?とらの揺さぶりなんか、こうして蹴散らしちゃう人なんだよ、泰佳は」 「おもんない」 「ふふ、俺は面白かったけど」 「ほんま、性格悪いわ。あんたもな、もうちっと根性見せるかと思うたやん。もっと嘘つき通して、隠し通して、泥沼化待ってたのに。2日も持たんとか、どんだけいい子やねん」 つまらない、と喚く谷野に、山岡が困ったように目をふらつかせた。 「だから言っただろ、山岡はいい子なんだって。俺に罪悪感抱えたまま、側になんかいられない。なぁ?泰佳?俺のこと、大好きだもんな?」 ふふ、と笑う日下部に、山岡がカァッと顔を赤くして俯いた。 「こんな目にあわされても、文句言わずに従っちゃうんだぞ?」 ニコリと不敵な笑みを浮かべて、自慢げに谷野に呟く日下部に、山岡の身体がギクリと強張り、谷野の目が胡乱なものに変わった。 「俺に許されたくて必死な山岡、可愛すぎ」 「っ…でも、だって…悪いことをしたのはオレだから…」 「クスクス。ほら、いい子だろう?惚れるなよ?とら」 ギュッと再びシーツにくるまったままの山岡を抱き締め、日下部が得意になっている。 「このバカップル。独占欲の塊め。んで?こんな目って、どんだけの目にあわされてん?それでもちぃを嫌いにならへんって、どんなんなん?山岡センセ」 「っ…」 ニヤッと唇の端を上げた谷野に、山岡はフラフラと目を泳がせて、困った挙句に日下部を見上げた。 「っ、な…」 助けを求めたはずの日下部の顔を見た山岡は、そこに浮かんでいた表情がニヤリという意地悪な笑みだったことに気づき、ビクンッと身体を硬直させた。 「それはな…」 はらり、とシーツを剥がそうとした日下部に、山岡がこれでもないほど暴れた。 「嫌だっ!嫌ですっ、千洋っ。やめてっ…」 全裸にプラグに首輪に犬耳。ついでにお尻はきっとまだ赤い。 そんな姿を他人に晒されそうになった山岡は、全力で日下部に抵抗し、ギュッとシーツをきつくつかんで、ストンとしゃがみこんで丸まった。 どこからも手を出されないように、ハリネズミみたいに身を丸めて蹲る。 「やめい、ちぃ。さすがに可哀相や」 日下部の行動に呆れた目を向けた谷野が、まさかの山岡の味方をした。 「なんだ。せっかく俺の可愛いペット、自慢してやろうと思ったのに」 「アホか。それは、ペットやなくて恋人やろ?もうわかってん」 「へぇ?」 「だって、こんだけ抵抗するほど人に見せたない姿、ちぃには平気で見せんのやろ?」 「平気というと語弊があると思うよ」 「でも、見せんのやろ?っていうか、その恥ずかしゅうてたまらん姿、してくれんのやろ?そんだけでわかるわ」 「ふふ」 「そんなん受け入れられるほど、ちぃのこと信頼してるんやん。想ってるんやん」 「まぁね」 「そんなんしてまで許されたいって思うとるねん。その真っ直ぐな心根、おれは認める。始め、嘘ついて別んとこ泊まったって聞いたときは、しょせんその程度の男なん、って思ったけど…そんなんちぃにふさわしくないやんって思ったけど」 つん、とつまらなそうにそっぽを向いた谷野が、ゆるりと微笑んだ。 「むしろ逆やったな。このちぃについていける男なんて、あんたしかおらへんやん」 「っ…」 「こんな、どSのど変態に何されても側にいるなんて奇特なやつ。そうまでして想いを向けるやつ。まるっとちぃを受け止めれるんは、山岡センセだけやん」 「ふふ」 「逆もしかりやで。こんなにちぃが独占欲剥き出しにして、浮気されかけても許して、むしろ繋ぎとめようと努力するなんて…」 どんだけ好きやねん、と笑う谷野に、日下部は晴れ晴れと笑ってみせた。 「一生愛せる。そんだけ好き」 わずかも揺れない声と言葉だった。 谷野があっぱれ、と天を仰いだ。 床で丸まっていた山岡の肩がピクンと揺れ、そろそろとその視線が上がった。 「千洋…。オレも。だから、ごめんなさい…」 ゆっくりと立ち上がり、それにつれて手を緩めた山岡の身体から、スルリとシーツが滑り落ちる。 「ちょっ…馬鹿」 「え…?」 ハラリとシーツの下の姿が露わになりかけた瞬間、日下部が慌ててシーツを掴みとめ、ぐるんっと山岡を包んで抱き締めた。 「とらに見せるなんて冗談だから。むしろ絶対に見せてたまるか。見せたらお仕置き追加するからな!」 ギュッとシーツごと山岡を抱き締めた日下部が、何故か怒っている。 「あの…」 わけがわからず困惑する山岡に、谷野がアチャーと苦笑していた。 「純っていうか、天然ていうか…。ちぃ、苦労しそうやな」 「まったく…」 「え?え?」 1人戸惑っている山岡を、日下部がポンポンと優しく撫でた。 「もういいの。ほら、お仕置き終わり。取ってやるから、寝室行け」 苦笑しながら促す日下部に、山岡の顔がパッと輝いた。 「ありがとうございます」 許されたんだ、と思う山岡のお礼に、日下部はますます苦笑を深めた。 そんな2人を眺める谷野の視線は、もうやってられん、と語っている。 「な~あ、それ済んだら昼飯作ってくれへん?おれ、朝からなんも食っとらんねん」 「は?」 「実は、昼飯食いに来るついでに、もうひと波乱起こしたろ、思って来てん。もう仲直りしてもうたんは誤算やけど、昼は食うで」 ニッと笑っている図々しい谷野に、日下部がげっそりと顔を歪めた。 「とらはもう少し反省しろっ」 山岡の10分の1でいいから、と怒鳴る日下部にも、谷野はめげない。 「おれ別に、悪いことしとらんやん。むしろちぃには感謝されてもええくらいや」 「は?」 「山岡センセ苛める口実できて、実はめっちゃ楽しかったろ」 ふふん、と言い放つ谷野は、日下部の従兄弟で悪友だった。 「……否定はできないな」 「えぇっ?」 ポソッと呟いた日下部に、山岡が目を丸くしている。 「オレっ…すっごく恥ずかしかったんですよっ?」 「知ってる」 「こ、こんな…尻尾とか犬の格好とか…四つん這いとか、犬言葉とか…」 うるっと目を潤ませる山岡に、日下部はクスクス笑ってしまう。 「可愛かったよ」 「ひ、酷いですっ…」 「ん~?だって、悪いのは誰?」 ぶぅ、と文句を言う山岡に、日下部の流し目が向いた。 「う…。お、オレ、です…ごめんなさい」 あっさりやり込められてしまった山岡がシュンと俯いたところで、2人は寝室に消えていった。 「あ~らら。あれじゃぁちぃも可愛くてたまらんやんな~。まったく、簡単に丸めこまれよって。今度から、おれ、山岡センセの味方したろ。ちぃへの対抗手段、た~っぷり吹き込んで、ちぃを少し困らせたろ」 2人の様子をジッと見ていた谷野は、うしし、と悪い笑みを浮かべながら、山岡に心を移している。 それが庇護欲なのだとしても、山岡に堕ちていることを本人は気付いていない。 (だから、ミイラ取りがミイラになるなって言ったんだ…。山岡の魅力は、半端じゃないんだから…) ドアが閉まる直前、谷野の呟きをばっちり聞いてしまった日下部が苦笑していた。

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