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第140話
「おもんない。せや。なぁ、ちぃ、今度一緒に遊園地行かん?」
突然、ニィッと悪い笑みを浮かべた谷野に、日下部が嫌そうな顔をした。
「やだよ」
「え?遊園地?」
ふと、今度は話を聞いていたのか、山岡が食いついた。
「なに、山岡、行きたいの?」
「あ、いえ。ただ、行ったことないから…」
興味がある、と言う山岡に、日下部がわずかに思案した。
「ふふ、ちぃまさか、山岡センセのためなら行ってもいいとか思うとる?」
ニヤァと笑う谷野は何を企んでいるのか。
「山岡センセも行ったことないんやったら行きたいわな?行こうや」
この年で、遊園地に行ったことがない、と言う山岡を不思議に思いつつも、それにズカズカ触れない思慮は谷野にはある。
サラリと流した谷野に、山岡はホッとしつつ、心はすでに谷野の誘いに惹かれているのが日下部にはわかった。
「行ってもいいよ…」
とても嫌そうだが、言質を取った谷野の笑みが深くなった。
「ほんまやな?男に二言はないで?」
「あぁ」
「よっしゃ~、ほな行こう!いつにする?どこ行こう?そや、あの坊やも誘ってやろうや」
「坊や?」
「原くんやったか?ちぃの下僕」
「下僕って人聞き悪い…」
途端に目を輝かせ始めた谷野に、トントンと話が進んでいく。
けれど山岡は、日下部が本当には乗り気でないことを、ちゃんと察していた。
「あの、日下部先生、無理しなくていいです」
「え?」
「行きたくないでしょう?オレも別に、そんなに絶対行きたいわけじゃな…」
「行くゆうたんやから行くんや。な?ちぃ?」
「でも…」
躊躇う山岡に、日下部が苦笑して首を振った。
「大丈夫、無理してないよ。1度行くって言ったんだ。行くよ」
ふわりと微笑む日下部に、山岡はそれでも躊躇った。
「でも…」
「ププ。心配無用やで、山岡センセ。ちぃはなぁ、実はこれで、絶叫マシンが怖いだけやねん」
ニィッと悪い笑みを浮かべて暴露した谷野に、日下部の冷たい視線が向いた。
「怖いわけじゃない。嫌いなだけだ」
「まぁ強がっちゃって」
「気分が悪くなるんだ。あぁ、右だ左だ上下に高速で振り回されるのは」
つん、と言う日下部が、山岡はなんだか可愛いと思ってしまった。
「日下部先生にも苦手なものってあるんですね」
「せやせや、どSのくせに、あれには弱いねん」
ククッと、ここぞとばかりに優位に立つ谷野に、日下部は面白くなさそうな顔をしている。
「あんなものはどMの乗り物だ」
「ほいほい、負け惜しみや」
「オレは乗ってみたいです…」
「へぇ?まぁ山岡はMだから」
「う。でも、テレビとかで見る限り、面白そうです」
興味ある、と言う山岡に、日下部は苦笑して、谷野はニコニコ笑った。
「せやろ?実際楽しいで。普段絶対勝てないちぃ負かすチャンスやし。原くんも喜ぶで~」
鬼オーベンの弱点、と笑う谷野に、日下部がスウッと目を細めた。
「なら、行きたい遊園地があるんだけど」
そう言って日下部が名前を上げたのは、よくテレビでも紹介されているメジャーな遊園地だった。
「ええけど、遠いなぁ」
「行けない距離じゃないだろ?」
ニコリと笑う日下部に、谷野はコクンと頷いた。
「日下部先生、絶叫系苦手なんだったら、一緒にのんびりしたのとか…そうだ、お化け屋敷とか入りましょうね」
遊園地といえばお化け屋敷も、と言って気を使う山岡に、日下部は何故かニコリと悪い笑みを浮かべた。
「お化け屋敷いいよな。もちろんとらも付き合うよなぁ?」
ふふ、と急に強気になった日下部に、山岡がえ?と谷野を見て、谷野はゲッと顔を歪めた。
「ちぃが言う遊園地って、絶叫マシン以外にも、絶叫ホラーハウス有名なとこやん!」
「いいって言ったろ?」
「う…。言ってもうた」
嫌そうな谷野に、山岡がもしや、と首を傾げた。
「谷野先生、お化け屋敷苦手です?」
キョトンと言う山岡に、日下部がニンマリと笑い、谷野が顔をクシャリと歪めた。
「苦手や。何が面白うてわざわざ怖い思いしに入らなあかんねん」
「怖いか?」
「怖いわ!しかもちぃ…そこって、廃病院設定のホラーハウスやろ。当直出来なくなるやん!」
怖い、無理、と日下部よりずっと素直に苦手と叫ぶ谷野に、山岡がニコリと笑った。
「じゃぁ、絶叫マシンは谷野先生と乗って、お化け屋敷は日下部先生と行きます」
そうしたらお互い苦手なものに付き合わなくて済む、と言う山岡に、日下部がダメ出しをした。
「とらと乗るとか駄目。山岡の隣は俺」
「出た、独占欲。男の嫉妬は醜いで~」
山岡案推奨な谷野が、山岡のバックにつく。
「みんなで行くんだから、みんなで乗って、みんなで入らないと面白くないだろう?」
「そんなんちぃの都合やから、おれはホラーハウスは待っとる」
「通ると思ってるの?俺が絶叫乗るんだから、とらもお化け屋敷入らないと駄目に決まっているだろう?」
「なんやねん、それ。ならちぃが絶叫系乗らなきゃいい話やろ」
「だからそれはできないって…」
エンドレスにループしそうな会話に、山岡はさっさと1人戦線離脱して、のんびり続きの野菜を切り始めた。
「だから、ちぃがな…」
「とらが言い出したんだろ…」
「ほんならいっそ場所変えようや」
「はぁ?」
「ほら、ちぃお得意の夢の国があるやん。あそこなら近いし、ホラーハウスも絶叫マシンも穏やかやで」
「お得意ってなんだ」
「女連れてくならあそこやろ?」
「俺はデートなんてしないよ」
「うわ。ほんまホテル直行?」
「食事デートくらいはしたけど…」
ギャァギャァ騒いでいる谷野と日下部の会話をBGMに、山岡は順調に野菜を切り進めていた。
「でもそれ、男4人で行って楽しいか?」
「う。やっぱり寒いわな…」
「だろう?」
「でもええやん。多分…山岡センセは喜ぶんとちゃうん?」
1人、真剣な顔をして野菜を切っている山岡に、2人の視線が向いた。
「聞いたの?山岡のこと」
酔ったくらいでそこまでペラペラ話すとは思えないけれど、ないとも言えない。
スゥッと目を細める日下部に、谷野は首を振った。
「おれは何も知らんで。ただ、山岡センセがなんや重いモン背負うとるっちゅ~くらいはわかるねん」
「……」
「暗い世界が、ちぃいると灯りがつくんやて。遊園地行ったことないとか…よっぽどな生い立ちやろ」
「っ…」
「山岡センセはな、幸せにならなあかん」
「とら…」
「なんや知らんよ?ただ、そう直感するんや。ちぃに甘えて、目一杯幸せにしてもらわなあかん人やて」
な?と笑う悪友の鋭さに、日下部は艶やかに微笑んだ。
「行くか、夢の国」
「ん」
「しょうがないから、原も誘ってやろう」
「おう。せやけど、そっち3人まとめてオフとか、取れるん?嫌やで、オンコールとか」
「まぁなんとかするよ?」
簡単、と笑う日下部は、一体どんな権力を持っているのやら。
「よし。あ、日下部先生、全部切れました」
不意に顔を上げた山岡が、ニコリと微笑んで、得意そうに手元を見せた。
「ん?あぁ、上出来。よく出来ました」
ナデナデと頭を撫でた日下部に、山岡の顔が嬉しそうに綻んだ。
そしてそれは日下部も同じで。
「やに下がった顔見せんなや。ま~ったく、鬱陶しいて敵わんわ」
バカップルめが、と苦笑する谷野が、ようやくカウンターから離れ、リビングの方に戻って行った。
「よし。後は俺がやるから、山岡も休んでていいよ」
ニコリと笑う日下部に頷いて、山岡もカウンターを回ってリビングに向かった。
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