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第142話
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「はぁっ…」
午前の外来が終わり、昼食もそこそこに、もうすぐ予定の手術時間が迫っている。
「山岡先生、お疲れ?大丈夫?」
ナースステーションで大袈裟な溜息をついていた山岡を日下部が目に止めていた。
「あ、日下部先生。大丈夫ですけど、なんだかこのところ、やけに忙しいですね」
ニコリと笑みを浮かべて見せて、山岡が首を傾げた。
「だよな。なんか患者が集中してるっていうか。山岡先生、昨日も帰ったの、日付け越える頃だろ?」
「日下部先生も似たり寄ったりですよね」
苦笑するお互いは、このところ大分すれ違いの生活が続いている。
『もう1週間近く泰佳を抱いてない…』
スッと突然顔を寄せてきた日下部が、コソッと山岡の耳に囁いた。
「ちょっ…」
「帰ったらすぐ疲れて寝ちゃうし、なんだかんだで朝方シャワーだけ浴びに帰る日もあったし…今日は俺、当直だしなぁ…はぁっ」
別の意味で溜息をついている日下部に苦笑して、山岡は反撃とばかりに、日下部の耳に顔を近づけた。
『明日の夜は早く帰れそうですよ。だからたくさんサービスしますね』
日下部がするように、フッと息を吹き込んで可愛い台詞を言う山岡に、ドキッとしながらも、日下部は苦笑した。
「とらだろ?」
「え…?」
「山岡先生がサービスとか自分で思いつくわけがないからな」
まったく、と笑っている日下部は、恋人のことも従兄弟のこともよく分かっていた。
「あはは…」
「でも楽しみにしておこう。明日急変したやつは一生恨んでやる」
「ぷっ、駄目ですよ。でも、急変はないに越したことはありませんけど」
「だろう?」
「えぇ。ではオペ行って来ます」
「頑張って。アッペ?」
「はぃ。頑張って来ます」
フラリと手を振る日下部に見送られ、山岡はナースステーションを出て行った。
「で、隠れてコソコソ聞いているのはいただけないなぁ」
ふふ、と笑いながら、クル~リと座っていた椅子ごと後ろの看護師休憩室を振り返った日下部。
ギク、と強張る空気が漂った後、ソロソロと看護師が2人、顔を出した。
「あは、お昼終わったところで、出て来ようとしていたんですけどね…」
「なんかタイミング外しちゃって、すみません」
えへへ、と愛想笑いを浮かべる看護師たちに、日下部はニコリと綺麗な笑みを浮かべた。
「別に普通に出てくれば良かったのに」
クスッと笑う日下部は、確信犯だ。
「だって、日下部先生と山岡先生、ラブラブなんですもん。なんです?あの親密な会話」
「うんうん。山岡先生があんなに長いセンテンス話すのって、日下部先生とだけですよね~」
キャァ、とはしゃぐ2人に、日下部がクスクス笑った。
「そんなことないよ?患者さんにだって、原先生とか谷野先生とかとだってあれくらい話すよ?」
ふふ、と笑う日下部に、看護師2人は力を入れて首を振った。
「空気が違うんですよ!」
「へぇ?どんな風に?」
「なんか、気安いっていうか、柔らかいっていうか、壁がない?」
「うんうん、慣れ親しんでるって感じ。あまり見えませんけど、日下部先生の前だと、山岡先生は表情が多いと思います」
力説してくれる看護師2人に、日下部はふわりと綺麗に微笑んだ。
(第3者から見てそう見えるのは嬉しいな)
「っ!日下部先生ヤバい、破壊力ありずきです」
「っ…悩殺されました」
思わず溢れた日下部の笑みに、看護師2人がクラクラと眩暈を起こしていた。
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