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第158話
服を戻され、必要機器だけに絞られた山岡が、ベッドごと運び出されていく。
ぼんやりとそれを見送りながら、日下部は窓際のソファベンチにストンと腰を落とした。
「よかっ…よかった…」
膝に肘をつき、頭を抱えるように手を当てて俯いた日下部は、ふとその足元に、クシャリと握り潰されたように落ちているカードを目に止めた。
「あぁ…」
ゆっくりと手を伸ばし、それを拾い上げてそっとのばす。
緑の面が日下部側に見えているそれは、臓器提供意思表示カード。
「ちゃんと新しいものに書き換えているんだな…」
自分はまだ黄色のカードだ、と思いながら、日下部は山岡らしいと微笑んだ。
「おまえは…」
ピクリとカードを持った指先が震える。
見たくない、見たくないと思うのに、やっぱり震える手は、それをゆっくりと裏返してしまう。
「っ…」
想像通りだった。
「だよな…」
迷いなく1番に丸がつけられたカード。
臓器名にバツは1つもない。
特記欄には『すべて』の文字。
自筆署名がきちんとあるそれは、あまりに山岡らし過ぎて…。
「使わせないっ…。今はまだ、このカードを使うときじゃない」
絶対に死なせるものかと、日下部は強く思いながら、ギュッと目を閉じた。
コンコン。
「日下部先生…?」
ソロリと遠慮がちに、原が病室に入ってきた。
山岡がベッドごと運び出されてしまったため、ガランとした空間が目立つ。
「おはようございます…。あの、大丈夫ですか?」
ケーシータイプの白衣姿に、首からは赤いストラップがポケットまで続いている。
「あぁ、おはよう。早いな」
「あの、山岡先生…」
「うん。聞いた?今朝方アレスト起こして…今はICU」
持ち直したけど、と微笑みながら立ち上がった日下部に、原の苦しそうな目が向いた。
「日下部先生…寝ていますか?」
「うん?もちろん」
フッと笑う日下部に、原はフルフルと首を振った。
「きちんと眠っていますか?」
「きみに心配されなくても大丈夫。俺は自分の体調管理くらいできる。さぁ今日も外来だ。行かなきゃ」
ベッドがないとやけに広く感じる個室内を横切って、日下部がドアの前へ向かった。
「きみももう回診行ったら?午後は執刀だったな。午前中、ちゃんと手順確認し直しておけよ」
凛と背を伸ばし、シャキッと歩く日下部に、原はそれ以上食い下がれなかった。
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