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第159話

朝から山岡の命を掬い上げ、午前中は外来。昼もそこそこに午後はオペの前立ち。しかも原の執刀の指導をしながらの、とても消耗するオペをこなし、日下部は休憩も大して取らずに、今度は真っ直ぐ山岡の元へ向かっていた。 (山岡…山岡…) ただひたすら山岡の無事だけを願いながら、足早にICUに入る。日下部は、山岡に繋がるモニターが静かに波形を映し出しているのを見てホッと息をついた。 「よかった。でも呼吸は…」 口にチューブをテープで止められたままの山岡に眉をひそめながら、日下部はそっとベッドの側に寄る。 「あ、ねぇ、状態は?」 たまたま通りかかった看護師を捕まえた日下部に、看護師は小さく首を振って口を開いた。 「変わりありません。落ち着いてはいますけど…」 目覚めの兆候も動きもない、と言う看護師に、日下部はそっと頷いた。 「そう。ありがとう」 ふわりと微笑んだ日下部に微笑み返し、看護師がその場を立ち去る。 それを見送った日下部は、山岡に向き直り、そっとその手を取り上げた。 「あぁ、温かい…」 握った山岡の手に体温があることにホッとして、その手をギュッと握る。 ピクリとも動かない山岡の手は、やけに重たい。 「目、覚ませよ。なぁ山岡、俺はここだよ」 ギュウッと固く握った手にも、山岡は痛がる素振りも、握り返してくれる様子もなかった。 「コンコ~ン、失礼するで」 ふと、陽気な声と共に、人の気配が後ろから近づいた。 「ん?と…ら?」 ゆっくりと振り返ろうとした日下部は、いきなり後ろからガバッと羽交い締めにされ、驚いて一瞬暴れた。 「原センセ、早う!ちぃ馬鹿力…」 「わかりましたっ。すみません、日下部先生!」 「は?」 後ろには谷野が身体を押さえている。 いつの間に側まで来たか、前には原がいて、何故か日下部の顎を取っている。 その原の手には針のない注射器が持たれていた。 「おまえら何をっ…」 「あんまり暴れると、口移しで飲ませますよ」 ニコリと笑う原に、日下部は反射的にピタリと動きを止めてしまった。 「今や、原センセ」 「っ…」 思わず抵抗を止めてしまった日下部の口を無理矢理握力で開かせ、原が容赦無く注射器の先を捩じ込む。そうしてポタポタと何かの液体を口に入れた。 「っ、な、にを…」 手早く注入されていく液体の正体が何なのか、視線で問う日下部に、答えるのは後ろの谷野だった。 「安心せぇ。少ぉし眠ってもらうだけや」 見えなくても、谷野がニカッと笑ったのがわかった。 「くそっ…原、覚えておけよ…」 「えぇっ、おれ、光村先生に頼まれただけなのに…」 「み、つむら…先生、が…?」 ガクッと日下部の膝が挫けていく。 谷野がガシッとその身体を支え、倒れてしまうのを防ぐ。 日下部の視界はどんどん狭くなり、原の苦笑が見えたのを最後に、フツリと視界が閉ざされた。 「重っ…。原センセ、車椅子持って来て…」 「はぁい」 スゥッと眠り込んでしまった日下部の身体を、2人はそっと空き病室に運んで行った。

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