159 / 426
第159話
朝から山岡の命を掬い上げ、午前中は外来。昼もそこそこに午後はオペの前立ち。しかも原の執刀の指導をしながらの、とても消耗するオペをこなし、日下部は休憩も大して取らずに、今度は真っ直ぐ山岡の元へ向かっていた。
(山岡…山岡…)
ただひたすら山岡の無事だけを願いながら、足早にICUに入る。日下部は、山岡に繋がるモニターが静かに波形を映し出しているのを見てホッと息をついた。
「よかった。でも呼吸は…」
口にチューブをテープで止められたままの山岡に眉をひそめながら、日下部はそっとベッドの側に寄る。
「あ、ねぇ、状態は?」
たまたま通りかかった看護師を捕まえた日下部に、看護師は小さく首を振って口を開いた。
「変わりありません。落ち着いてはいますけど…」
目覚めの兆候も動きもない、と言う看護師に、日下部はそっと頷いた。
「そう。ありがとう」
ふわりと微笑んだ日下部に微笑み返し、看護師がその場を立ち去る。
それを見送った日下部は、山岡に向き直り、そっとその手を取り上げた。
「あぁ、温かい…」
握った山岡の手に体温があることにホッとして、その手をギュッと握る。
ピクリとも動かない山岡の手は、やけに重たい。
「目、覚ませよ。なぁ山岡、俺はここだよ」
ギュウッと固く握った手にも、山岡は痛がる素振りも、握り返してくれる様子もなかった。
「コンコ~ン、失礼するで」
ふと、陽気な声と共に、人の気配が後ろから近づいた。
「ん?と…ら?」
ゆっくりと振り返ろうとした日下部は、いきなり後ろからガバッと羽交い締めにされ、驚いて一瞬暴れた。
「原センセ、早う!ちぃ馬鹿力…」
「わかりましたっ。すみません、日下部先生!」
「は?」
後ろには谷野が身体を押さえている。
いつの間に側まで来たか、前には原がいて、何故か日下部の顎を取っている。
その原の手には針のない注射器が持たれていた。
「おまえら何をっ…」
「あんまり暴れると、口移しで飲ませますよ」
ニコリと笑う原に、日下部は反射的にピタリと動きを止めてしまった。
「今や、原センセ」
「っ…」
思わず抵抗を止めてしまった日下部の口を無理矢理握力で開かせ、原が容赦無く注射器の先を捩じ込む。そうしてポタポタと何かの液体を口に入れた。
「っ、な、にを…」
手早く注入されていく液体の正体が何なのか、視線で問う日下部に、答えるのは後ろの谷野だった。
「安心せぇ。少ぉし眠ってもらうだけや」
見えなくても、谷野がニカッと笑ったのがわかった。
「くそっ…原、覚えておけよ…」
「えぇっ、おれ、光村先生に頼まれただけなのに…」
「み、つむら…先生、が…?」
ガクッと日下部の膝が挫けていく。
谷野がガシッとその身体を支え、倒れてしまうのを防ぐ。
日下部の視界はどんどん狭くなり、原の苦笑が見えたのを最後に、フツリと視界が閉ざされた。
「重っ…。原センセ、車椅子持って来て…」
「はぁい」
スゥッと眠り込んでしまった日下部の身体を、2人はそっと空き病室に運んで行った。
ともだちにシェアしよう!