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第161話

そうして、山岡がオペを受けた日から、1週間が経ち、10日が経ち。日下部は、山岡の心を信じ、もう無理をするのをやめた。 山岡の側にいる時間、と、時間を自分で区切り、その時間内だけは精一杯山岡と共に過ごした。仕事をきちんとこなし、休息もしっかりと取った。 山岡はその間もただ、昏睡を続けた。 目覚める気配はなく、だからと言ってまた鼓動を止めるようなこともなかった。 山岡が昏睡し始めてから、13日が過ぎようとしていた。 ふと、暗い小箱の外側を、トントンと叩いてくる音があることに気づいたのは、いつからだっただろう。 1度聞いたその音は、またどれほどか時間が過ぎると、また同じように鳴らされた。 何度も何度も、時間を開けて鳴らされた。 「……?」 浅い眠りを妨げられ、山岡はフラリと目を上げた。 そうしてハッとする。 「あれ…?」 真っ暗闇。右も左も、上も下もわからないほど深い闇だったはずなのに、山岡は今、自分が目を上げたということがわかった。 今自分が視線を向けた方向が上だということがわかった。 「な、に…?」 真っ暗闇の小箱の上に、小さな小さな穴が開いていた。 針穴ほどのそこから、白い光の筋がポツンと差している。 途中で闇に飲み込まれ、下まで届かない光だけれど、確かにポツンと光が見えた。 トントン。トントン。 『山岡。山岡』 また、小箱を叩く音がした。 今回は何だかぼんやりした別の音も届く。 「やまおか?」 ぼんやりした音が、何かの言葉だとわかった。 何のことだかわからない言葉だけれど、繰り返し繰り返し同じ言葉が聞こえる。 「ん…」 ゆるりと瞼が重くなった。 山岡は、またギュッと膝を抱え、小さな小箱の中で小さく縮こまる。 「だめだよ。ここにいなきゃ。ここから出ちゃ、だめなんだ」 シーンと静まり返った闇が落ちる。 また、音は聞こえなくなった。 トントン、トントン。 『山岡。山岡。俺はここだよ。戻っておいで』 また、小箱を叩く音に起こされた。 なんだよ、と思って見上げた目が、親指ほどの丸い穴を見つけた。 白い光の筋が、スウッと顔の高さ辺りまで落ちている。 目の前辺りで闇に溶けた光は、手に届くほど近くまで降りていた。 「だ、れ…?」 『俺』と言う人を、山岡は知らない。 「しらない…?」 ふと、誰かの顔が、思い浮かんだような気がした。 けれどもそれは、泡のように消えていく。 トントン、トントン。 また、この音だ。 時間を置いて何度も何度も。 だんだんそのことに慣れてきた。 だんだんそれを待つようになった。 『山岡、山岡。俺はここだよ。戻っておいで。待ってるから。山岡。おいで』 いつもの音。見上げた目に、ペットボトルほどの大きさの穴が開いていた。 白い光が下までハッキリと射し込んでいる。 「やまおか?だ、れ…?」 山岡と呼びかけてくる声。俺と名乗るそれが、いつもいつも同じ音だと気づいた。 ぼんやりと、光の中に浮かぶ人の顔があったような気がした。 けれども重くなった瞼が、それを確かめる前に閉じてしまった。 トントン、トントン。 『山岡、山岡。俺はここだよ。戻っておいで。待ってるよ。山岡、愛してる』 また、やってきた。いつもの音と、いつもの声。 なんだかとても心地がいい。 フラリと上げた目は、サッカーボール大の穴を見つけた。 真っ白い光の柱が、暗い小箱の中を明るく照らす。 「…さ、か…せん…」 ぼんやりと呟いた言葉は何だったのか。 穴に向かって伸ばした手は、何も掴めずにフラリと落ちた。

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