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第162話
トントン、トントン。
『山岡、山岡。俺はここだよ。戻っておいで。愛してる。愛してるよ、泰佳。お願いだ。お願いだから、戻って来てくれ。泰佳、こっちだ。こっちに来い!』
フラリと思わず立ち上がった。
音と声に引かれるように手を伸ばす。
小箱に開いた穴は、人が1人通れるほどに、大きく広くなっていた。
*
『こっちだ!生きてる!早く毛布と飲み物を!』
バタバタと、大人が何人も駆け寄って来た。
『きみ、名前は?いくつかな?』
ふわりと毛布に包まれて、そっと抱き起こされた身体を、何人もの大人が覗き込んできた。
『とにかく搬送しよう。ひどい脱水を起こしている』
『あと1歩遅かったら…。ゾッとするな』
『こんな幼い子を…。酷いことをするもんだ』
大人の男の人に抱かれ、クルクル回る赤い光がついた車に乗せられた。
何台も、赤い光が回る車が止まっている。
白と黒のツートンカラー。
乗せられたのは、白い大きな車の中。
「おかぁさん…」
どこ?と見回す目に、探し人の姿はない。
「おかぁさん」
必死で呼ぶけれど、返る声はない。
待っていたのに。いい子で静かに待っていたのに。
連れて行かれちゃう。
「おかぁさん!」
叫んだ声に、返事は2度と返らなかった。
『可哀想に…』
『こんなに幼い子を置き去りにして…』
『まだ捨てられたことをわかってないんだ…』
『可哀想に』
『可哀想に…』
回りの大人が話す声が、どこか遠くに聞こえた。
ゆっくり閉じていく目と意識の中に、深い絶望が降り注いだ。
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