165 / 426

第165話

定時過ぎ、日下部は山岡の病室を訪れていた。 「あ、日下部先生、お疲れ様です」 ニコリと出迎えてくれる山岡がはっきりと起きていることに、日下部はホッとする。 「座ってください」 椅子を目で示す山岡に頷いて、日下部はそっと山岡のベッドの横に腰を落ち着けた。 「あの、日下部先生…」 ゆっくりと身体を起こした山岡が、立ちくらみをおこしたように上半身をふらつかせた。 「おい、無理するな」 「ん。大丈夫…です。そう、大丈夫なんですよ…」 コテンと首を傾げて不思議がる山岡に、日下部はどうせ隠せないと苦笑した。 「気づいた?」 「はぃ…。変なんです。今日オペしたばかりですよね?なのに麻酔覚めてすぐ病室とか…傷も、塞がっていますよね?」 なんで?と迷子のような目をする山岡に、日下部はそっとPHSを取り出した。 「え…?これ、日付け狂って…」 「ないよ。今日は、山岡がオペを受けてから、18日経ってる」 「え?」 呆然と見開かれていく山岡の目が分かった日下部は、そっと山岡の手を握った。 「山岡はオペ後に昏睡して、さっきようやく目覚めた」 「うそ…オレが?」 「うん」 「何か…」 日下部に限ってアッペごときで、と思う山岡の不安そうな目が向いた。 「いや、オペのミスや麻酔のせいじゃない。でもじゃぁ何故というのは今考えないでくれ。頼む」 ギュッと手を握って訴えるように言う日下部に、山岡はただ頷いた。 「はぃ…」 「多分混乱しているだろうけど…山岡」 「はぃ」 「おかえり」 ギュッと手を握ったまま俯いてしまった日下部に、山岡はふわりと泣き笑いになった。 「ただいま。ごめんなさい。きっとすごく心配掛けましたね。すごく傷つけた…ごめんなさい」 日下部の気持ちを想像するのは、山岡には容易くできた。 だから泣きそうになりながら必死で謝る山岡に、日下部はただ首を振った。 「いい。戻ってきてくれたから。それだけでいい」 「日下部先生…」 「後は早く元気になれ。体力取り戻して、早く抱かせて?」 スッと顔を上げてニコリと悪戯っぽく笑った日下部に、山岡はカァッと顔を赤くして、コクンと頷いた。 「半月も寝ていたんじゃ…」 「まぁ完全に体力戻るまでにはかなりかかるだろうけど」 「あっ、じゃぁ仕事は?オレのオペの予定とか、患者さん!」 ハッと気づいた山岡は、やっぱり真っ直ぐ患者の心配をした。 「本当、山岡だな」 「え?でも、患者さん…」 「大丈夫。みんなで分担して診たから。でもやっぱり山岡がいないとキツイよ。おまえの抜けた穴、大き過ぎ。あの光村先生が代わりのオペを何件やったか」 「う…部長にそんな…」 「ベテラン2人掛かりでやっとのオペ、おまえよく新人前立ちで平気でこなすよな…。みんな悲惨だったぞ」 クスクス笑う日下部は、山岡が負担を感じないようにわざと茶化している。 「山岡が井上先生と組んでたオペだから、って、田中先生が同じように組もうとしたけど、無理だろ…ってなって、光村先生とやったり…そのおかげで俺は研修医しか空いてなかったりとか。ふふ、オペ後ろ倒しで溜まっているぞ。復帰したら覚悟しておけよ?眠っていた分、こき使われるだろうからな」 意地悪く言いながらも、それが日下部の思いやりだと、山岡にはちゃんと分かっていた。 「ありがとうございます」 「それと、俺も溜まっているからな」 「え…?」 「復活したら覚悟しておけよ?」 今度は本当に意地悪に笑っている日下部に、山岡は顔を真っ赤にして俯いた。 「それは…」 「ふふ。ずっと山岡を抱けなかった分、たっぷり補充するぞ。そうだ、退院前に、ここでもしよう。病室とか、もえるぞ」 クスクス笑う日下部に、山岡はブンブンと首を振った。 「や、嫌ですよ…」 「だぁめ。半月も心配掛け続けた罰だ。そうだ、山岡患者で俺主治医だし、お医者さんごっこしようか」 ニヤリと笑う日下部は、完全にいつもの日下部だった。 「そんな、嫌です…」 「罰だもん。拒否権はないだろ?」 ふっと強気に笑う日下部に、不可抗力だと分かっていても、実際心配を掛けてしまっただろうと思う山岡は弱い。 「ごめんなさい…でも…」 謝罪のひと言をつい漏らす山岡は、もう負けだった。 「悪いと思ってる?」 「それは、はぃ。心配掛けて…」 「じゃぁお仕置きだな」 「っ、でもそれは…」 「すっごく心配したんだ…」 日下部が罠を張り巡らせようと、そっと切なげに目を伏せたところに、ふと陽気な声と人物が割り込んできた。

ともだちにシェアしよう!