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第173話

「さて、みんな揃ったかな?」 出席予定の医師たちと看護師たちが揃ったところで、光村がスッと立ち上がった。 鍋料理がメインの居酒屋の座敷を借り切り、十数人が集まっている。 「グラスは行き渡ったかね?今日は山岡先生が無事退院されたということで。山岡先生、退院おめでとう」 光村の言葉で、ビールが注がれたグラスがあちらこちらで持ち上がる。 コツンといい音を立てて乾杯を交わす光景がしばし広がった。 「あ、あの…大変ご迷惑とご心配をおかけしました。本当にありがとうございました」 ワタワタと立ち上がり、みんなの視線が集まる中、山岡はペコンと深く頭を下げる。 「ふふ、お礼なら日下部先生にですよね~」 「そうそう。オペも看護もほとんど日下部先生ですもん」 クスクス笑う看護師たちに、山岡の顔がカァッと赤くなった。 日下部に髪を結ばれてしまったまま、下ろさせてもらえていないせいで、艶やかに色づく美貌が丸見えだ。 「じゃぁその俺から、この場を借りて報告させてもらおうかな?」 ニコリと微笑んで、山岡の隣にスッと立ち上がった日下部に、看護師たちの目がキラキラと輝いた。 「キャァッ!待ってました!」 「いよいよですか?日下部先生っ」 「ヤバイ~!イケメン2人!写メ写メ~!」 途端に沸き立つ場の空気に、日下部が苦笑して、そっと山岡の肩を抱いた。 「写真は遠慮してもらっていいかな?俺の恋人、恥ずかしがり屋だから」 ニコリと微笑んで、山岡を庇うように立つ日下部に、看護師たちの目が完全にハートマークになり、数人がクラクラと眩暈を起こしている。 「と、いうことで、まぁ今更だとは思うんだけど、俺たち付き合ってます」 ピクンと震えた山岡の身体を感じながら、日下部は宥めるようにその肩を軽く撫で、ふわりと微笑んだ。 「キャァッ!やっと宣言してくれましたね~!もう、喜んで見守ります~」 「素敵、素敵!美形カップル!全力で応援しますよ!」 「あたしたち病棟看護師、みんな日下部先生たちの味方です!」 ワァァッと沸く看護師たち。 その横では医師たちも、のんびり2人を眺めている。 「まぁ今更だな」 「あれだけ日下部先生がベッタリならなぁ」 大した驚きもなく自然に受け入れている医師たちの側で、1人頭を抱えているのは原か。 「あぁぁ、公言とかズルいです~。公認になったらますますおれの入り込む余地がぁぁ」 悲痛な原の叫びに、周囲の医師たちは苦笑、日下部は余裕綽々で山岡を促しながら席についているし、その周りに看護師たちがキャァキャァ言いながら寄っている。 「まぁまぁ、原先生、今夜は飲もうよ」 先輩医師に促され、原の目が据わる。 「はい!もうこうなったら今日はヤケ酒です!」 ゴクゴクと喉を鳴らしてビールを一気飲みした原に、医師がニコニコと楽しそうにして、またもグラスに並々とビールを注ぐ。 「いい飲みっぷり。原先生イケる口?」 「イケますよ~。元一、ガンガン飲みまぁっす!」 腕を上げて高くグラスを掲げてから、またもゴクゴク一気に喉にビールを流し込む。 看護師たちに囲まれながら、日下部がそちらを冷めた目で見た。 「若いねぇ。急アル起こすなよ…?」 大分無茶な飲み方をしている原を眺めつつ、日下部も看護師たちから次々お酌をされ、今夜はかなり飲まされる予感だ。 その隙間からコソコソ逃げた山岡は、烏龍茶のボトルを持って光村の横にそっと向かっていた。 「光村先生、お疲れ様です」 「あぁ。山岡くん。体調は大丈夫かね?」 「はぃ。本当にご迷惑をお掛けして…」 すみません、と言いながら、光村のグラスに烏龍茶を注ぐ。 「なぁに。病気のときはお互い様さ。私ももう年だし、いつきみたちのお世話になるかわからんよ」 ゆるりと微笑みながら、光村は晒された山岡の美貌を穏やかな目で眺める。 「日下部くんは…」 「え?」 「いや、山岡くん。今、幸せかね?」 ん?と首を傾げる光村に、山岡はほんのりと微笑んだ。 「はぃ…」 「そうか。日下部くんをきみにつけたことは、間違いではなかったかな」 コクコクと烏龍茶を飲みながら、光村が小さく首を傾げた。 「光村先生…?」 「山岡くんが幸せなら、それでいい。これからもうちの外科をよろしくたのむな」 ゆるりと微笑む光村に、山岡はガバッと頭を下げた。 「オレこそ、これからもよろしくお願いします」 パッと顔を上げた山岡が、真っ直ぐ光村を見て、ニコリと笑った。 「あぁ、いい目だ。それにしても、綺麗な顔だね」 「え?へ?あ、や…」 しみじみと呟かれ、途端にシュゥッと俯いてしまう山岡の顔に、光村がカラカラと笑った。

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