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第180話
「あの、ありがとうございました。大切にします」
店を出て、さっそく腕につけられた時計を嬉しそうに眺める山岡を、日下部も喜んで見つめる。
服の袖に隠れている日下部の腕時計も、同じブランドの同じシリーズで、モデルこそ微妙に違うが、見る人が見ればペアと言えなくもないことは、日下部だけの自己満足だ。
「気に入ってくれて俺も嬉しいよ」
「はぃ。あの…お、オレも何か…」
お礼に贈りたい、と言い出す山岡に、日下部は小さく首を傾げた。
「別に気を使わなくていいから。お返しが欲しくて買ってあげたわけじゃないよ」
ニコリと笑う日下部に、けれども山岡は納得できなかった。
「でも…」
きっと日下部は、何でも持っているし、欲しいものがあれば何だって自分で買えてしまうのは分かっている。
それでもこうしてプレゼントをもらえて嬉しい気持ちを、山岡は日下部にも返したいと強く思う。
「何でもいいです。何か欲しいものはないんですか?」
ジッと見つめてくる山岡の視線に根負けした日下部が、クスクス笑いながら、じゃぁ、なんて歩いている足先の方向を変えた。
「本当、頑固」
「っ…だって…」
「うん、気持ちは嬉しいよ。だからいい店に連れて行ってあげる」
ふふ、と笑う日下部に、山岡の目がパッと輝いた。
「欲しいものがありますか?」
「うん。あるよ」
ニコリと笑う日下部の顔が、あまりに自然で綺麗な上、自分にもお返しがさせてもらえそうだと思って浮き足立った山岡は、その含みを持った日下部の表情にはまったく気づかなかった。
そうして日下部は、大通りから少し入った路地の、人通りが少ない静かな通りで、こじんまりとした、何の店なのかわからない、店名しか看板のない店に向かった。
隣を歩いて行きながら、山岡はのんきに首を傾げている。
「ここですか?何屋さんです?」
「うん、ここ。ふふ、入ればわかるよ」
ニコリと笑って店のドアを開けて入っていく日下部に続いて、山岡もテクテクと店内に足を踏み入れた。
入り口付近には、雑誌やら本やらが並び、DVDらしきものも置かれている。
パーティグッズなのか、色々な衣装や
箱に入ったよくわからない小物が並んだ棚があり…。
「雑貨屋さ…え?」
棚に並んだ小物の箱のパッケージをしっかりと見てみた山岡は、ここが何の店なのか、唐突に察した。
「ちょっ、えっ?待っ…日下部せんせ…」
スタスタと迷いなく店の奥に進む日下部に、山岡は慌てて近づいた。
そうして目にした、店内奥の一角に、ギクリとするような品物たちを目に止め、山岡の足が止まった。
「っ…ここ…」
たまたま目に入った壁に、以前日下部に使われたことのあるパドルがいくつも掛かっていた。その他にも、明らかに鞭と呼ばれるであろう代物に、細くて先がカーブした木の棒みたいなものがある。
「っ、や…」
ビクリと身を竦め、無意識に両手でお尻を押さえて後退りする山岡を、隣で日下部が楽しそうに眺める。
(クスクス、固まってる、固まってる。敢えて1番刺激が強いSMグッズエリアが最初に目にとまるとか、随分Mだねぇ)
山岡の反応を堪能しながら、日下部はゆっくりと別の棚に近づき、山岡を振り返った。
「おいで」
ニコリと笑って山岡を誘えば、ピクンと肩を揺らした山岡がオドオドと近づいてくる。
「あの…その…オレは…」
「ん?俺の欲しいもの、買ってくれるんでしょ?」
ニコリと笑う日下部の笑顔は、完全に悪企みが成功した、ニヤリという意地悪なものだった。
「く、日下部先生っ…」
明らかにアダルトグッズショップだと分かった山岡が、涙目になって日下部を睨んだ。
「いつもはネットで買うけどね~。ねぇ山岡、どれがいい?」
ニコリと笑いながら、大小様々なバイブを手に取る日下部。山岡はブンブンと激しく首を振りながら、とにかく日下部を睨む。
「そ、そんなの買いませんっ」
「だって欲しいもの言えって言ったじゃない」
クスクス笑いながら言う日下部だけれど、どう考えたって使われるのは自分だと思う山岡は、何が何でもそんな道具など買わせるわけにはいかない。
「だからってこんな…」
日下部は、絶対に本当に欲しいわけではなく、意地悪したいだけだ、とさすがに察する山岡は、ひたすらブンブン首を振っていた。
「あ、なぁなぁ、こんなのあるんだ?どう?」
それはそれは綺麗な笑顔で、どう?といかがわしい道具を示されても、山岡が呑気に応じられるはずもない。
「嫌です。いりません…」
「え~。へぇ、こっちはニップルクリップだって。痛そうだね」
「っ…」
いちいちわざとらしく道具を見せつけて来ながら話を振ってくる日下部に、山岡は完全に泣き顔になって日下部に縋った。
「く、日下部先生…もう嫌です…」
出ましょう、と音を上げる山岡を十分楽しみながら、日下部は名残惜しそうに店内を見回した。
「こんなに楽しそうなものがいっぱいあるのに」
「っ…た、楽しいのは日下部先生だけです…」
切迫した本音を叫ぶ山岡に笑いながら、日下部は山岡を揶揄うことができて満足し、意外とあっさり出口に向かった。
(まぁ欲しければネットで買うし。本当、可愛い)
棚に並んだものたちにチラチラと視線を向けては、恥ずかしそうにパッと俯いて足早になる山岡を眺めながら、日下部はクスリと笑って、店のドアを開けた。
「ま、せっかくのデートだし、本格的に泣かせるのも可哀想だからね…」
「っ…意地悪」
店を出て通りを歩き始めながらニコリと満足げに笑う日下部に、山岡のボソリとした文句が聞こえた。
「ん?何か言った?なんなら今から戻って、ニップルクランプ着けてあげてもいいんだけど。鈴とか鳴るやつなんていいよね」
ニヤリ、と笑う日下部に、山岡の顔が途端に青褪めた。
「嫌ですっ…」
「なんてね。しないよ」
クスッと笑う日下部に、山岡は脅されただけだとわかりホッとする。
けれど日下部のことだ。いつ気が変わって本当にされるか分かったものじゃない。
山岡は日下部の腕をギュッと掴み、グイグイと引きながら足早に歩き始めた。
「い、行きましょう…」
フラリと山岡の力に従いながら、日下部がそっと山岡の手に自分の手を添えた。
「なぁどうせならこうがいい」
日下部は、腕を掴んでいた山岡の手を導き、自分の腕に組ませるようにした。
「な…」
途端にカァッと顔を赤くしてワタワタと逃げようと暴れる山岡の腕をギュッと拘束して、日下部はニコリと笑った。
「裏通りだけで我慢するから」
人通りがほとんどない道はあと少しだ。
ただでさえ美形。それが男同士で腕を組んで歩いていたら、どんな好奇な目に晒されるか考えなくてもわかる。
山岡がそんなものに耐えられるわけがないのを知っていて、それでも少しだけと我儘を言ってしまう自分に苦笑しながら、日下部は山岡の様子を窺った。
「ん…」
山岡は恥ずかしそうに俯いたまま、コクンと小さく頷いた。
「っ…」
(ヤバい…。抱き締めたくなる…)
山岡は馬鹿ではない。日下部の気持ちをきちんと察して、その上で選んでくれる答えが嬉しくて、日下部は感動に震えていた。
「泰佳。好きだよ」
「っ?は、はぃ…」
「プッ、はいって。ねぇ山岡、夕食どうしようか?」
そろそろ日が傾き始めた時間帯だ。
「デートならやっぱり高級レストランでフルコース?って思ったけど、スーツに着替えるの面倒だしな」
なぁ?と尋ねる日下部に、山岡もコクンと頷いた。
「そういえば山岡、テーブルマナー大丈夫?フレンチ」
「はぃ」
「ふぅん…」
「教授に…学会についていったときとか…その後のディナーとかも付き合ったから…」
ひと通りなんのジャンルでもできると言う山岡に、日下部はなるほどね、と頷いた。
「それじゃぁレストランでディナーとかも苦じゃない?」
「まぁ、はぃ…」
コクンと頷く山岡に、日下部は脳内にメモを取った。
(クリスマスのディナーとか、連れて行くかな。ふふ)
勝手に1人計画して楽しみながら、日下部はそっと山岡の腕を解いた。
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