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第181話

「今日はどうしようかな。何かリクエストある?」 話しながら歩いていた2人は、いつの間にか大通りが目前だった。 「っ、あの…」 不意にピタリと立ち止まってしまった山岡に、日下部の首がこてりと傾ぐ。 「どうした?」 「あの…な、何でもいいですか?」 何故か俯いていきながら躊躇う山岡に、日下部はますます首を傾けた。 「遠慮しなくていいよ?何か食べたいものがあるの?」 何でも言え、という日下部に、山岡はギュッと拳を握って思い切ったように口を開いた。 「で、デリカテッセンとかで買って、家がいいです」 早く帰りたい、と言わんばかりの山岡に、さすがに日下部の眉がギュッと寄った。 「家?」 「はぃ…」 確認した日下部に、コクンと頷く山岡。 日下部の機嫌が微妙に下降した。 (もう帰りたいのか。外出、やだったのかな。しかも買って行くって、手料理とすら言ってくれないとか…) 家なら家でも、外食より日下部の手料理がいい、とか言い出してくれたら喜べるものを、どうやらそういうわけでもないらしい。 「はぁっ。山岡がそうしたいなら」 いいよ、と言う日下部が溜息をついたことに気づいて、山岡がハッと顔を上げた。 「あ…」 「なに?じゃぁ行こうか」 微妙に冷たくなった日下部の空気にも気づき、山岡がオロオロと戸惑った。 「あの、違っ…」 「ん?買って家に帰りたいんだろ?」 「あの、その…お、オレ…」 ジッと地面を見てオドオドとしている山岡を振り返り、日下部が何?と苛立ち始めた。 「ごめっ…なさ…」 日下部を苛立たせてしまっているのが分かって反射的に謝る山岡に、日下部が緩く首を振る。 「別に怒ってないから。行くよ」 「っ…違、くて、オレっ…本当は離れたくないからっ」 クルリと前に向き直って歩いて行ってしまいそうな日下部の服の裾を、山岡がギュッと掴んで叫んだ。 「え…?」 「腕、組んだり…やっぱり人が見るのは、気になって…」 「山岡?」 「だから、大通りに出るから…離したのはわかって、でも…」 ポツリ、ポツリと話し始める山岡に、日下部はまさか、まさかという期待が湧いてくるのを感じた。 「さ、寂しい、かな…とか、だから…っ、家なら、気にせずに…」 「くっつける?買って帰るって、早く帰ってくっつきたいから?」 山岡の言葉を引き取って言った日下部に、山岡がカァッと顔を赤くして上目遣いで日下部を見つめた。 「あの、その…はぃ」 「泰佳、可愛い!」 思わず抱き締めたくなるのをグッとこらえ、日下部は目の前で恥ずかしそうに俯く山岡を愛しい思いを込めて見つめた。 「嬉しい。好きだよ、泰佳」 「っ…」 「よし、それなら早く帰ろう。タクシー捕まえる」 言うが早いか、大通りに出て行く日下部の後を、山岡も追いかけた。 「さぁ乗って」 タクシーを止めた日下部が、ドアが開いたタクシーに山岡を押し込む。 その隣に身を滑り込ませて、日下部はマンションの住所を告げた。 「え、あの、夕食は…?」 「いい。後で俺が作る」 「でも、悪いと思ったから…」 買って帰ろうと言ったのだ、と言う山岡に、日下部はますます愛おしさが募った。 「そういうことだったんだな。ふふ、本当おまえ、天然小悪魔」 クスクス笑う日下部に、山岡はキョトンと首を傾げた。 「あぁもう早く帰って泰佳を食べたい」 ニコリと笑う日下部に、山岡がカァッと顔を赤くしながらも、小さく口を開いた。 「お、オレも千洋を食べたいです…」 「っ!」 「あの…い、一緒にお風呂、入ろ?」 チラリと隣の日下部を見て言った山岡に、日下部がクラリとなりながらもクスクス笑った。 「据え膳はいただくけど、それ、とらだろ」 「っ…その…」 「まったくまた何を吹き込まれたんだか」 「あぅ…」 とても山岡の口からは出ないだろう発言に、日下部はクスクス笑っていた。 「そう言えばちぃが喜ぶで?とか?」 「あの、その…と、時計…本当に嬉しかったから…」 手首を見つめて目を細める山岡に、日下部はその意味を察した。 「俺も喜ばせたいって?」 「本当に、こんなんで喜ぶのか、わからないんですけど…」 谷野に教わった、と言う山岡に、日下部はあの従兄弟で悪友の顔を思い浮かべて苦笑した。 「腹立たしいけど、あいつは俺をよく知っているよ…」 「じゃぁ…」 「うん。でも山岡、本当に意味わかって言ってる?」 「え…?」 キョトンとなる山岡に、日下部の笑顔が意地悪なものに変わった。 「お礼は身体で、ってこと」 「っ…あの、その、はぃ…」 ボッと赤くなりながらも、コクンと頷いた山岡に、日下部は意外であれ?と首を傾げた。 「わかってて言った…」 ポツリと呟きかけた日下部は、それこそそれがどういう意味かを察して、らしくもなくキュンと胸が高鳴るのを感じた。 「泰佳!」 「は、はぃ…」 「それって…」 「はぃ。お、オレも…」 カァッと顔を赤くする山岡がたまらなくなり、日下部は隣のその身体をグイッと抱き寄せ、キスを奪った。 「ちょっ…くさかっ、せんっ…」 「ん?あぁ、大丈夫。運転手さんは、後ろでイチャイチャされるの、慣れてるよ」 山岡の視線を察して、ケロリと笑う日下部に、それでも山岡はジタジタと暴れた。 「でもっ…」 それは男女の普通のカップルの話じゃ…と思う山岡だけれど、日下部の手は緩まない。 「ふふ、恥ずかしがる泰佳、本当可愛い」 「だ、だから日下部先生はいい加減に眼科に…」 「まだ言うか。クスッ。続きは帰ってからお風呂でな?」 思い切りキスを仕掛けた日下部が、微妙に力の抜けてしまった山岡に、クスクスと笑う。 「っ…」 運転手に見られた恥ずかしさか、強引な日下部に多少腹を立てたか、山岡がプイッと日下部から目を逸らし、流れる窓の外に視線を向けてしまった。 (まったく、拗ねちゃって、可愛い、可愛い。目潤んでるし、顔真っ赤だし。本当、苛め甲斐がある) 山岡はそっぽを向いたつもりだろうが、その顔はしっかり窓に映し出されている。 「ふふ…」 「っ!」 そっと座面につかれていた山岡の手に指を絡めれば、途端にビクッと震える山岡の身体。 (そんな純粋で、一緒にお風呂とか。山岡、今日は気を失っちゃうかもな~) どれだけ恥ずかしがるかな、と今から楽しく思いながら、日下部は早くマンションにつかないかと、気が急いていた。

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