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第185話
翌日。
「キャァ、可愛い!」
「えっ?えっ?なになに?日下部先生の…?」
「親戚の子か何か?」
「やん、似てるぅ。可愛い、ミニ日下部先生だ」
キャッキャッとはしゃいでいるのは、消化器外科病棟ナースステーションの看護師だちだ。
一晩将平を泊めて、仕事に出るのに困った日下部は、仕方なく将平を連れて病院に来ていた。
「よりによって外来だし…。悪いんだけど午前中、ここに置いておいてもらっていい?迷惑はかけさせないから」
ナースステーションの隅の椅子に将平を座らせ、ポータブルDVDを用意する日下部が、看護師たちに向かってニコリと微笑んだ。
「構いませんよ~。可愛いし、見ておきます」
「は~い、大人しそうないい子だし、大丈夫です、任せてください」
日下部の頼みとあらば、一も二もなく頷く看護師たちに苦笑して、日下部が将平の頭をポンと撫でた。
「ごめんな、俺、診察があるから、いい子にしててな。お姉さんたちの言うことちゃんと聞いてな」
「まぁ、お姉さんですって。もう、日下部先生お上手」
「ね、ね、お名前は?」
さっそく将平に群がる看護師たちの隙間から抜けて、日下部はナースステーションの出口へ向かう。
そこに、廊下をテクテクとこちらにやって来る白衣の人影が見えた。
「あ、ちぃや。おはよーさん」
「とら?おはよう…」
泌尿器科医師の谷野が、消化器外科病棟にいるという時点で、ものすごく嫌な予感しかしない。
それは日下部の表情に露骨に出る。
「なんやその嫌そうな顔は」
「あ、バレた?だってとらの用事って、どうせろくでもない…」
「ろくでもない男代表が何を言うとんのや?」
あぁ?とどこのチンピラかと思うようにすごんだ谷野に、日下部が大体の用事を察して苦笑した。
「その顔は自覚あるんやな。で、どこや?どうせ連れて来とんのやろ?」
ガキ、と言う谷野が、思ったより多くの情報を持っていたことに日下部は驚いた。
「まさか、山岡に会った?」
「せやな。夜の街を途方にくれたような顔した迷子の美形見っけたら、とりあえずナンパするやろ」
ふん、と言う谷野に、日下部は昨夜山岡があれからどうしたのかを少し悟った。
「泊めた?」
「いや。浮気だと思われたないて」
「っ…」
「友人やろ、ゆうても聞かへんかったよ。ほんま、あんないい奴泣かせんなや」
ベシッと遠慮なく頭をはたいてくる谷野に、日下部は苦笑するしかなかった。
「まぁ多分誤解だと思うんだけどな」
9割方自分の子ではないだろうと思っている日下部が曖昧に笑う。
「ほんまかい?あれやろ…ちぃの子やん!」
ヒョイッとナースステーションを覗いた谷野が、目を丸くして将平を見ていた。
「なんで断言してるの…」
「だって見てみい、ちぃやん。まんま、ちぃの小さい頃そっくりやん」
本人だ、と指を指している谷野の手を、日下部は呆れた顔をしてグイと下ろさせた。
「似てはいるけどね…」
「似とる?いや、あれはちぃの幼稚園児頃、まんまや…」
唖然としている谷野に、日下部は首を傾げた。
「限りなく白に近いグレーなんだけど」
「嘘やん。黒やん。真っ黒やん」
呆れ返っている谷野に、日下部はゆっくりとナースステーションから出て歩き出した。
「待ちい!逃げる気か?」
「は?何言ってるの。外来行くだけだよ」
「山岡センセは…」
「外来だね。もう行ってるんじゃない?多分俺、避けられてるでしょ」
ケロッと言う日下部に、谷野がはぁっ?と声を上げながらついて来た。
「ちょっと、ちぃなぁっ!」
「あぁ面倒くさい。いっそDNA鑑定でもして白黒はっきりつけようか」
手っ取り早い、と言う日下部は、けれども実は言うほど自信があるわけではなかった。
「それで、ちぃの子やったらどうするん。山岡センセや、相手のことや、あの子自身を…」
問題山積みや、と少し心配そうな声を出す谷野に、日下部はフラリと天井を仰いだ。
「手放したくないものは、迷わず1つなんだけどね…」
「せやけど…」
「うん。親子と出たら、まぁ間違いなく率先して放れて行ってしまうだろうね」
1番避けたい結果がそれだ。
さすがに悩み始める日下部に、谷野も深刻そうな顔をした。
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