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第188話
その頃、山岡は、外来を出た先で、原と谷野に捕まっていた。
「やっぱり1人か。お昼一緒しよ」
「あっ、おれもおれも。山岡先生、おれもお昼ご一緒していいですよね?」
チョロチョロと周りをうろつく原に、山岡は苦笑しながら、仕方なさそうに頷いた。
「なんや坊や、あんたはちぃ側やないんか」
オーベンやろ、と冷たくあしらう谷野に、原はめげなかった。
「おれの憧れは山岡先生です!」
「目標はちぃやろ?」
「う…。で、でも日下部先生は今、お忙しいので」
育児に、と笑う原に、谷野も山岡も苦笑しながら歩き始めた。
「オレは一緒でいいですよ。食堂行きます?」
「せやな。しゃぁないから、坊やも連れたったるか」
へへん、と笑う谷野にムッとしながらも、原はピョコンと先輩たちについていった。
そうして3人は、それぞれの選んだ品が乗ったトレイを持って、食堂のテーブルについていた。
山岡の隣に原、向かいに谷野という配置だ。
「なんや、視線が気になるんやけど…」
「まぁ、珍しい組み合わせですもんね」
居心地悪そうな谷野に、食堂の視線というのには大分慣れっ子になった山岡が苦笑する。
原は持ち前の図太さで、そんな視線など気にもしていない。
「それにしても原センセ、若いな~。ミックスフライ定食て…。なんやの、そのボリューム。ほんまに頼んどる人、初めて見たわ」
見てるだけで胸やけしそう、と嫌な顔をして、原のランチトレーを見ている谷野に、山岡が笑い声を上げた。
「ぷっ、さすが日下部先生の従兄弟さんですよね」
「あん?」
「よく同じこと言ってますよ、日下部先生も」
クスクスと笑う山岡に、谷野は思ったよりも暗さがないことにホッとしていた。
「とら先生と日下部先生は、発言は似てますけど、顔は似てらっしゃらないんですね~」
パクッと分厚いカツにかぶりついた原が、呑気に笑った。
「なんやの、それ。おれとちぃの発言が似とる?やめてや、あんな、どSのど変態と一緒にするの」
うへぇ、と本気で嫌そうな顔をしている谷野を、原がチラリと見た。
「…そういうことかい。生意気な」
「え?」
「いや、まぁおれとちぃは似とらんけど、あの子は気持ち悪いほど似とったな」
原のアシストに気づいた谷野が、変化球も何もなく、ズバッと本題を切り出した。
山岡の身体が小さく揺れる。
「っ…見ました?」
「うん、朝な。なんや、小さい頃のちぃやったで。まんまや、あれ」
「そうですか…」
谷野のはっきりした言葉に、山岡の目がゆるりと細められた。
「山岡センセ、今夜うち泊まるか?ちぃ、ええって言っとったろ」
ニカッと笑う谷野に、山岡がコクンと頷いた。
「え!山岡先生、別居ですか!」
途端に食いつく原に、山岡が苦笑して、谷野が呆れたような目を向けた。
「オレは、日下部先生を信じたいんですけどね、でも…ううん、だから今は余計に側にいられないかな、と思いまして」
ふわりと儚げに笑う山岡の言葉の意味を、谷野は正確に聞き取っていた。
「え?信じてたら、堂々と側にいたらいいじゃないですか」
なんで?と首を傾げている原は、山岡の過去を知らなかった。
「お子ちゃまは黙っててや。ややこしくなるねん」
シッシと発言を振り払うような素振りをして原に手を振る谷野に、山岡はそれだけでハッと察した。
「谷野先生は、聞いてるんですか?」
「あ~、まぁ、なんや。成り行きでな…。ちぃ言っとらんのかいな…」
「っ…」
「大丈夫やで。その、幼少期の1部だけやねん。おかんのこと」
ポツリと気まずそうにそれだけ言った谷野に、山岡はふわりと微笑んだ。
「きっと日下部先生が必要だと思って、谷野先生を信用して言ったと思うんです。だからオレは構わないですよ」
ニコリと微笑んで、真っ直ぐ日下部を信頼する山岡に、谷野の顔がくしゃりと歪んだ。
「ほんま、なんでちぃは、こんなええ人に、こないな残酷な真似しよんのや…。阿保や」
「出会う前の話だから…。きっと日下部先生にもどうしようもありませんよね」
ほんのりと力なく微笑む山岡に、谷野は握っていた箸を折りそうなほど拳に力を込めた。
「何が俺のや。何が山岡センセを傷つけるものは許さんのや。何もかもを吸収して呑み込む漆黒やて?それをわかっとって、それに甘えとるちぃに、山岡センセ守る資格ないねん」
「谷野先生?」
何故か憤り始めた谷野に、山岡が不思議そうに首を傾げた。
「なぁ、山岡センセ。ちぃはもしかしたら、親子鑑定しよるで」
「っ…はぃ。オレにもそう言ってました」
コクンと頷く山岡に、谷野の目が真剣な色を映した。
「どうするん?もし親子やったら…」
「っ、それは…」
「うん」
「っ、答えは出ているんです…。でも、出したくない…」
ギュッと眉に力を入れて呟く山岡の気持ちは、谷野には簡単に察せられた。
「分かっているんです、オレが引かなくちゃならないことは。あの子をオレのようにしちゃいけない…」
「山岡センセ…」
「あの子から…母という人に置いて行かれたあの子から、父までも奪っちゃいけない。だから、オレは日下部先生の側にいられなくなる…」
「山岡センセ」
「だけど、だからオレは、日下部先生を信じたいんです。親子でないのであれば、オレは側にいられる…。離れなくて済む。だけどそれはあの子にとって、父だと思う人を失うことでっ…。母という人に放り出されて、日下部先生しかいないのに、それすら繋がりを断たれて…」
「山岡センセっ」
「酷いエゴだ。他人であればいいと思ってる。信じたいっていうのは、そういうこと。だから今は、オレは日下部先生の側にはいられないんですよ」
ふわりと微笑む山岡の視線は、隣の原に向いていた。
「なんだか難しすぎて、はっきりとはよく分からないんですけど…。ようは日下部先生が今朝連れてきたあの子が、日下部先生の子じゃなくて、別の男の子だったらいいわけですね」
あっけらかんと言う原は、山岡の親に捨てられた過去を知らない。
知らないゆえの強気で、ただ真っ直ぐ山岡と日下部の味方だった。
「は?何ゆうとんねん。そないな都合のええ話…」
「都合よかろうがなんだろうが、そうしたら山岡先生は泣かずに済むんでしょ?なら探しましょうよ、あの子の本当の父親」
ケロリと言う原に、谷野が呆れて頭を抱え、山岡がただ苦笑した。
「阿保を相手にすると疲れるわ」
「なんですか!だっておれのオーベンは、確かに女性関係にだらしないみたいですけど、でも、誰かを傷つけるような関係の持ち方をするような人だとは思えません」
「そうはゆうてもな…」
「あの人の立ち回りの上手さ、腹立たしいくらいですよ。だからあの子は日下部先生の実子じゃありません」
山岡ですら半信半疑のところを、原だけが何故か自信満々に信じていた。
「せやけど、あんだけ似とって、他人の空似と言うには、無理がありすぎんねん。どう見たってちぃと血が繋がって…」
はぁっ、と呆れたように言っていた谷野が、不意に大きく目を見開いていき、何かに気づいたような顔をした。
「せや。血縁の可能性、もういっこあるやん!」
「え?」
「おれとしたことが忘れとったわ~」
あちゃぁ、と頭を掻いている谷野に、山岡と原が同時にキョトンとした。
「あの…谷野先生?」
「とら先生、なんですか?その可能性って」
え?と首を傾げる山岡と原に、谷野がニカッと人好きのする笑みを浮かべた。
「ちぃにそっくりで、ちぃ以上に女たらしで、下半身ケダモノの男や」
「え?あの…」
「あの人の子やったら、あのガキがちぃにそっくりな理由もわかる」
うんうん、と頷く谷野が、不意に箸を置いて立ち上がった。
「行くで、山岡センセ、原センセ」
「え?あの、谷野先生?」
「ちぃに教えてやらな。これはもしかするとやで。いや、むしろもう確信や」
ニッと笑った谷野が、山岡と原を急かして食堂を飛び出して行った。
わけがわからないまま、山岡と原も焦ってトレーを片付け、谷野の後を追った。
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