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第190話
そうして、戦略を立てる、とわけのわからないことを言っている谷野と、苦笑して頷いた日下部をロッカー室に残し、山岡は原と医局にいた。
「ま~ったく、子が子なら、親も親ってことですかね。いや、逆か?」
医局のデスクについて、原がグタ~ッとだらけながら呟いていた。
「あの子が、きちんと育ててもらえるならそれでいいんですけど…」
ストンと自分のデスクにつきながら山岡は心配そうに呟いた。
「まぁ日下部先生がちゃんとしてくれるでしょ。それより山岡先生、おれ、気になってたんですけど…」
ふと、ニヤリと悪そうな笑みを浮かべた原が、ジーッと山岡の白衣の袖口を見つめた。
「え?」
「ね、ね、袖、めくって見せて下さいよ」
ニコニコと期待に目を輝かせて言う原に、山岡はコテンと首を傾げながら、スルリと白衣の袖を捲った。
「わぉ!やっぱり!」
「え?」
「高級腕時計~。いいなぁ。やっぱり医者っすね~」
うっとりと羨ましそうに、山岡の手首につけられた腕時計を眺める。
ジーッと観察していた目が、ふと丸くなった。
「え?もしかしてですけど…これ、日下部先生が選んでくれたりしました?」
小首を傾げて問う原に、山岡が感心したように微笑んだ。
「よくわかりますね。あ、センスかな?これ、日下部先生が買ってくれたんですよ」
嬉しそうに微笑む山岡に、原がははっと乾いた笑いを漏らした。
「プレゼントってわけですか。本当、あの人は…」
半分呆れて、半分納得の表情を浮かべた原が、ニコニコとご機嫌な山岡を見つめた。
「それ、日下部先生のと同じブランド。しかも同じシリーズのモデル違いですよね。ペアってわけですか…」
あのおっさんは~、と苦笑する原に、山岡がキョトンとなった。
「え?」
「え?って、え?」
山岡の反応に、今度は原がキョトンとなった。
「あの…え?そ、そうなんですか?」
「え、まさか、山岡先生、知らずにつけてるんです?」
びっくりしている山岡に、原の方がびっくりした。
「いや、まぁ、山岡先生はあまりそういったものに頓着ないんだろうな、とは思っていたんですけど…本気っすか」
ははは、と笑う原に、山岡が途端に恥ずかしそうに俯いてしまった。
「オレはあまりブランドとか詳しくなくて…そうなんだ…。あの、誰が見ても丸わかりなんですか?」
指摘されたところで、山岡は日下部の腕時計が、高級そうだな、くらいにしか見ていなくて、デザインすら覚えていない。
似てるのかな?と首を傾げる山岡に、原は苦笑した。
「まぁ、ちょっとブランドを知っていれば、ってところですね」
「そうなんだ…」
ジーッと自分の腕時計を眺めている山岡は、けれども嫌そうではなかった。
「山岡先生って、本当、そういう意味では医者っぽくないですよね。質素っていうか、堅実派っていうか」
「え?」
「いやだってそうでしょ?日下部先生なんか、まんま医者!って感じじゃないですか。高級志向っていうか」
「う~ん」
「時計ひとつがそれだし、スーツも高級ブランドのオーダーでしょ、あれ。ネクタイひとついくらするんですか?!って感じですよ。車も高級外車だし~」
高ステータス、と言う原に、山岡はクスクス笑った。
「確かに、高級品を好んでいそう…」
「ですよね?しかも嫌味じゃないところがな~」
悔しいけど似合ってるんだよな、と呟く原に、山岡は自分が褒められているみたいに嬉しそうにした。
「自分の男、褒められて悪い気しないです?」
「っ!ちょっ、自分の男って…」
揶揄うように言う原に、山岡の顔が途端に真っ赤になった。
「あ~あ、本当、羨ましいです」
「あはは」
「おれも早く1人前の医者になって贅沢するぞ~」
っしゃ!と気合いを入れている原に、山岡は苦笑した。
「ね、ね、もう1回見せて下さい、腕時計」
「ん?いいけど…」
原のおねだりに、山岡は何の気なしに腕を捲った。
「あ~、やっぱりいい。とりあえず目標はここだな」
ジーッと山岡の腕時計を見ながら、原がニコリと笑った。
「何倍かな~」
ははは、と笑う原の腕には、デジタルのごつめの有名時計メーカーの有名ブランドの腕時計がはまっていた。
「あぁ、研修医時代ってやっぱりそうですね」
「まぁ、使い勝手優先です。呼吸数測るのにデジタルは便利だし、これなら多少の水滴や衝撃には全然強いですからね~」
身の丈にも合ってる、と笑う原はいい子だな、と山岡はのんびり思っていた。
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