203 / 426
第203話
翌日、少々寝坊をした山岡は、日下部が支度を整え、出かける直前頃にのそりとリビングに顔を出した。
「あ、おはようございます」
「クスクス。もう9時半だよ?おそよう」
ニコリと微笑んだ日下部は、普段の出勤時のようなスーツ姿だった。
「もう行くんですか?」
「うん。ちょっとね。車も取りに行かないとならないし」
クスクス笑っている日下部が、まだ寝起きでぼんやりしている山岡の頭を撫でながら、可愛いなぁ、なんて目を細めている。
「車、どうかしたんですか?」
修理?と首を傾げた山岡に、日下部は軽く首を振った。
「昨日飲んだから、置いてきちゃった」
「そうですか」
「うん。朝ご飯、作ってあるから、食べろな」
キッチンに置いてある、と微笑む日下部に、山岡はコクンと頷いた。
「じゃぁ行ってきます」
「はぃ。行ってらっしゃい。気をつけてください」
チュッと山岡の頬にキスを落とした日下部が、フラリと手を上げて、リビングを出て行った。
「朝ご飯かぁ…」
まだ9時半というか、もう9時半というか。
朝食には遅く、昼食には早い時間に、山岡は苦笑する。
「お昼食べに行く約束してるんだよな…。あ、田村さんのこと、日下部先生に言い忘れちゃったけど…」
ま、後でいいか、とあっさり考えて、山岡はとりあえず、顔を洗うべく洗面所に向かった。
冷たい水で顔を洗い、日下部にもらった腕時計をして、キッチンに向かう。
「わ、サンドイッチ」
行儀悪く、日下部が作ってくれてあった朝食を立ったままつまみ、山岡もまた、11時前にはマンションを出かけて行った。
*
「あ、いたいた。山岡センセ」
待ち合わせ場所に、時間10分前には着いていた山岡は、タタッと駆け寄ってきた田村を見て微笑んだ。
「こんにちは」
「ごめん、待った?」
「いえ。オレが早く来ただけですから」
チラリと見た腕時計は、まだ約束の3分前を指している。
「そっか。じゃぁ早速移動する?昼には少し早いけど、土曜だし、早目の方がいいと思うんだ」
じゃないと並んで待つことになる、という田村に頷いて、山岡も歩き始めた。
「どこかリクエストある?」
「オレは特に…」
「好き嫌いとかは」
「ありません」
ケロッと答える山岡に頷いて、田村はふと足先の方向を変えた。
「おれの好みでいい?」
「任せます」
ニコリと笑う山岡に頷き、田村が1軒の食べ物屋に連れて行ってくれた。
男2人でも入りやすく、低めのテーブルに1つ1つソファのような椅子。
看板のメニューを見た感じでは、洋食や丼物があるようだった。
「ローストビーフ丼とかさぁ、リゾットとかパスタも美味いんだ」
待つことなく案内された席で、田村はさっそくメニューを開いている。
写真付きで分かりやすいそれを、山岡も覗く。
「おれ、唐揚げランチ。山岡センセ、決まった?」
「え~と…あ、オムライス」
モッツァレラチーズのオムライスとやらを見つけた山岡の目がそれに奪われた。
「へぇ。そういう系なんだ」
「え?」
「いや、じゃぁ頼むね」
店員を呼んだ田村が注文を済ませ、山岡はのんびりと店内を眺めた。
「落ち着いていていい店ですね」
「だろ?おれ、結構好きなんだよね。メニューも豊富だし」
得意げに笑う田村に、山岡もコクコク頷いた。
「色々選べていいですね」
「うんうん。またデートにでも使っていいぜ」
ニッと悪戯っぽく笑う田村に、山岡がフラフラと視線を彷徨わせた。
「おっ?その顔は、いるんだ?恋人」
「っ、あの、えっと…」
「ふぅん?どんな人?やっぱり医者?」
ぐい、と身を乗り出して聞いてくる田村に、山岡は曖昧に微笑んだ。
「なに?秘密主義?それとも言えないようなお相手か~?」
ん~?と、目を細めて聞いてくる田村に山岡はタジタジになって身を引いた。
「その…医者は医者ですけど…」
「医者!やっぱりそういうものか~。なぁっ、名前は?」
「え、えっとその…」
それはさすがに、と、山岡は困惑する。
そもそも山岡の相手は女じゃないし、彼氏なんです、とは、さすがにまだよく知らない田村に言えるわけがない。
「言えない?」
「あの、ごめんなさい」
「そか。じゃぁさ、美人?」
「っ、ま、あ、美形…です」
「だろうな~。山岡センセも超顔キレーだし。美形同士のカップルか」
へぇ、と呟く田村に、山岡は曖昧に微笑んだまま首を傾げた。
「な、その人のどこが好き?」
「っ…どこ、って…」
「そうだ。なぁ、その人さ、今度連れて来て見せてよ」
な?と笑う田村に、山岡がビクッとなった。
「嫌?なに?盗らないよ?見てみたいだけ」
「あ、いえ…」
「どっちかっつ~と、おれは山岡センセの方に興味があるし」
「え…?」
なんだか引っかかる田村の台詞を聞いたような気がしたとき、ちょうど注文した料理が届いた。
「おっ、美味そう」
パッと興味が食べ物に移った田村に、前言がスルリと流されていく。
山岡も目の前のテーブルに置かれたオムライスに意識を取られ、ふと感じた違和感をスルーしてしまった。
ワンプレートになった皿の上に、オムライスとサラダ、美味しそうな焼きたてのパンが乗っている。
「食べよ」
「はぃ。いただきます」
丁寧に手を合わせてスプーンを取る山岡を意外そうに眺めて、田村もまた料理に手をつけ始めた。
「な~ぁ、この後どうしよ?」
あらかた料理を食べ終わり、ランチについているコーヒーを飲みながら、田村が首を傾げた。
「今日って1日遊んでもらっていいの?」
もしかしてランチだけ?と窺う田村に、山岡は微笑みながら頷いた。
「1日暇ですよ」
「よっしゃ。じゃぁ色々店とか回っていい?」
「はぃ」
途端に楽しそうにする田村に、山岡もつられて笑いながら頷いた。
そうして音楽ショップに行ったり、メンズの服屋を回ったりと、2人はそれなりに楽しく時間を過ごした。
ともだちにシェアしよう!