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第203話

翌日、少々寝坊をした山岡は、日下部が支度を整え、出かける直前頃にのそりとリビングに顔を出した。 「あ、おはようございます」 「クスクス。もう9時半だよ?おそよう」 ニコリと微笑んだ日下部は、普段の出勤時のようなスーツ姿だった。 「もう行くんですか?」 「うん。ちょっとね。車も取りに行かないとならないし」 クスクス笑っている日下部が、まだ寝起きでぼんやりしている山岡の頭を撫でながら、可愛いなぁ、なんて目を細めている。 「車、どうかしたんですか?」 修理?と首を傾げた山岡に、日下部は軽く首を振った。 「昨日飲んだから、置いてきちゃった」 「そうですか」 「うん。朝ご飯、作ってあるから、食べろな」 キッチンに置いてある、と微笑む日下部に、山岡はコクンと頷いた。 「じゃぁ行ってきます」 「はぃ。行ってらっしゃい。気をつけてください」 チュッと山岡の頬にキスを落とした日下部が、フラリと手を上げて、リビングを出て行った。 「朝ご飯かぁ…」 まだ9時半というか、もう9時半というか。 朝食には遅く、昼食には早い時間に、山岡は苦笑する。 「お昼食べに行く約束してるんだよな…。あ、田村さんのこと、日下部先生に言い忘れちゃったけど…」 ま、後でいいか、とあっさり考えて、山岡はとりあえず、顔を洗うべく洗面所に向かった。 冷たい水で顔を洗い、日下部にもらった腕時計をして、キッチンに向かう。 「わ、サンドイッチ」 行儀悪く、日下部が作ってくれてあった朝食を立ったままつまみ、山岡もまた、11時前にはマンションを出かけて行った。   * 「あ、いたいた。山岡センセ」 待ち合わせ場所に、時間10分前には着いていた山岡は、タタッと駆け寄ってきた田村を見て微笑んだ。 「こんにちは」 「ごめん、待った?」 「いえ。オレが早く来ただけですから」 チラリと見た腕時計は、まだ約束の3分前を指している。 「そっか。じゃぁ早速移動する?昼には少し早いけど、土曜だし、早目の方がいいと思うんだ」 じゃないと並んで待つことになる、という田村に頷いて、山岡も歩き始めた。 「どこかリクエストある?」 「オレは特に…」 「好き嫌いとかは」 「ありません」 ケロッと答える山岡に頷いて、田村はふと足先の方向を変えた。 「おれの好みでいい?」 「任せます」 ニコリと笑う山岡に頷き、田村が1軒の食べ物屋に連れて行ってくれた。 男2人でも入りやすく、低めのテーブルに1つ1つソファのような椅子。 看板のメニューを見た感じでは、洋食や丼物があるようだった。 「ローストビーフ丼とかさぁ、リゾットとかパスタも美味いんだ」 待つことなく案内された席で、田村はさっそくメニューを開いている。 写真付きで分かりやすいそれを、山岡も覗く。 「おれ、唐揚げランチ。山岡センセ、決まった?」 「え~と…あ、オムライス」 モッツァレラチーズのオムライスとやらを見つけた山岡の目がそれに奪われた。 「へぇ。そういう系なんだ」 「え?」 「いや、じゃぁ頼むね」 店員を呼んだ田村が注文を済ませ、山岡はのんびりと店内を眺めた。 「落ち着いていていい店ですね」 「だろ?おれ、結構好きなんだよね。メニューも豊富だし」 得意げに笑う田村に、山岡もコクコク頷いた。 「色々選べていいですね」 「うんうん。またデートにでも使っていいぜ」 ニッと悪戯っぽく笑う田村に、山岡がフラフラと視線を彷徨わせた。 「おっ?その顔は、いるんだ?恋人」 「っ、あの、えっと…」 「ふぅん?どんな人?やっぱり医者?」 ぐい、と身を乗り出して聞いてくる田村に、山岡は曖昧に微笑んだ。 「なに?秘密主義?それとも言えないようなお相手か~?」 ん~?と、目を細めて聞いてくる田村に山岡はタジタジになって身を引いた。 「その…医者は医者ですけど…」 「医者!やっぱりそういうものか~。なぁっ、名前は?」 「え、えっとその…」 それはさすがに、と、山岡は困惑する。 そもそも山岡の相手は女じゃないし、彼氏なんです、とは、さすがにまだよく知らない田村に言えるわけがない。 「言えない?」 「あの、ごめんなさい」 「そか。じゃぁさ、美人?」 「っ、ま、あ、美形…です」 「だろうな~。山岡センセも超顔キレーだし。美形同士のカップルか」 へぇ、と呟く田村に、山岡は曖昧に微笑んだまま首を傾げた。 「な、その人のどこが好き?」 「っ…どこ、って…」 「そうだ。なぁ、その人さ、今度連れて来て見せてよ」 な?と笑う田村に、山岡がビクッとなった。 「嫌?なに?盗らないよ?見てみたいだけ」 「あ、いえ…」 「どっちかっつ~と、おれは山岡センセの方に興味があるし」 「え…?」 なんだか引っかかる田村の台詞を聞いたような気がしたとき、ちょうど注文した料理が届いた。 「おっ、美味そう」 パッと興味が食べ物に移った田村に、前言がスルリと流されていく。 山岡も目の前のテーブルに置かれたオムライスに意識を取られ、ふと感じた違和感をスルーしてしまった。 ワンプレートになった皿の上に、オムライスとサラダ、美味しそうな焼きたてのパンが乗っている。 「食べよ」 「はぃ。いただきます」 丁寧に手を合わせてスプーンを取る山岡を意外そうに眺めて、田村もまた料理に手をつけ始めた。 「な~ぁ、この後どうしよ?」 あらかた料理を食べ終わり、ランチについているコーヒーを飲みながら、田村が首を傾げた。 「今日って1日遊んでもらっていいの?」 もしかしてランチだけ?と窺う田村に、山岡は微笑みながら頷いた。 「1日暇ですよ」 「よっしゃ。じゃぁ色々店とか回っていい?」 「はぃ」 途端に楽しそうにする田村に、山岡もつられて笑いながら頷いた。 そうして音楽ショップに行ったり、メンズの服屋を回ったりと、2人はそれなりに楽しく時間を過ごした。

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