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第206話
「う~ん、いい匂い」
ジューッという肉の焼ける音と匂いに、田村がニコニコと満面の笑みを浮かべている。
「美味しそうですね」
目の前で焼かれる肉を見ながら、山岡も楽しそうに笑った。
2人は1日ショップ巡りを楽しみ、夕方過ぎになって、いっそ夕食も済ませてしまおうという流れになって、焼肉屋にやって来ていた。
テーブルに嵌め込み式の焼き網の上で、自分たちで肉を焼いて食べるタイプの店で、山岡は次々と網に乗せられる肉を面白そうに眺めていた。
「おっ、こっち焼けてるよ。どんどん取って」
「はぃ」
サクサクと肉を焼いてくれる田村に頷いて、山岡は自分の取り皿に肉を取っていく。
「それレモンがいいかも」
はい、とレモンを渡してくれる田村に微笑んで、山岡は長い綺麗な指でレモンを搾った。
「はい、乾杯~」
互いの手元には、酒の入ったグラス。
ふざけて掲げる田村につられ、山岡もグラスを持ち上げる。
カツンと涼しげな音を立てて合わされたグラスが、それぞれの口に運ばれた。
「んまい」
「んっ…美味しいです」
ふふ、と笑いながら、今度はグラスを置いて肉を口に運ぶ山岡は、ご機嫌だった。
「やっぱ肉だよな、肉」
「もう本当、いつぶりだろうってくらいです」
「焼肉屋?」
「はぃ」
クスクス笑う山岡は、お酒も入り、大分口が滑らかになっていた。
「へぇ。あまり来ないんだ?」
「そうですねぇ」
「デートも?ちなみに普段、どんなとこ行くの?やっぱり高級フレンチとか?」
セレブのデート、となにか偏見があるらしい田村が言うのに、山岡はコテンと首を傾げた。
「家で手料理が多いですね」
「ヒュウッ。まさか、同棲してる?」
「あ、はぃ」
ヘラリと笑う山岡に、田村が揶揄う目を向けた。
「なぁんだ。じゃぁ結婚も秒読みじゃん」
「いえ、その…」
「あ、じゃぁ夕食、マズかった?ちゃんと連絡した?」
もし作って待ってたら、と言う田村に、山岡がそういえば、と携帯を取り出した。
特に着信はない。
「まぁ、別に約束があるわけじゃないし」
互いに当直ではない日、という約束はあったけど、休日にそれぞれ用事があったらわざわざ合わせることもない。
連絡もないから、きっと日下部もお父さんと食べて帰るんだろう、と勝手に思っている山岡は、気にせず携帯をしまおうとした。
「ふぅん。信頼し合ってる、ってこと」
「え?」
「いや、なんでもない。あっ、ねぇねぇ、山岡センセ、せっかく携帯出したし、今日の記念に写メ撮らない?」
不意に思いついたように笑って、山岡の隣に移動してきた田村に、山岡はギョッとしながらも頷いた。
「構いませんが…オレと?」
「うんうん。友人と焼肉記念」
その何が記念なのかはわからないが、ふふ、と笑う田村が肩を寄せて来て、腕を伸ばしてスマホを掲げる。
「友人…」
「ん?何か言った?ほら、ここ見て」
カメラを切り替えたのか、田村と自分が写るスマホの画面を山岡は見つめる。
「もうちょっと寄るか…」
頬と頬が近づき、ビクリとしながらも山岡が笑みを浮かべたところで、ピコンとシャッターが切られた。
「うん、いいね。ありがと」
嬉しそうに写真を眺めて、田村が向かいの席に戻っていく。
「あっ、焦げる!」
焼きっぱなしになっていた肉を慌てて回収しているのを見ながら、山岡もパクパクと焼肉に専念し始めた。
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