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第209話

刻一刻と時間だけが悪戯に過ぎていく。 秘書は、焦れることなくただ静かに部屋の出入り口をふさぐ形で、ドアの前に佇んでいる。 (チッ、くそ…。いつまでこうして根競べをしていればいい…) ジンジンと痺れる手を持て余し、ジリジリと焦れ始めているのは、日下部の方だった。 「千洋さん?」 ふと、日下部がベッドの上でもぞりと動いたことに、秘書が気が付いた。 (くそ。尿意が…) ここへ来る前に、コーヒーを飲んでいたことが思い出される。 「クス、どうしました?お顔の色が、若干すぐれないようですが」 冷笑に近い笑みを浮かべて、秘書は日下部の状態を見通しているような目をしてゆったりとドアから一歩室内へと近づいた。 (こいつっ、分かっていて…) もぞっ、と足を擦り合わせて身じろいだ日下部に、秘書の目がスゥッと細くなる。 「お手洗いですか?」 「っ、イエスと言ったら、行かせてくれるんですか?」 答えなど分かり切っていて尋ねた日下部に、秘書は鮮やかに微笑んだ。 「ノーです」 「っ、本当、性格悪い」 あの親父の側近が務まるだけはある。 憎々しげに秘書を睨んだ日下部は、尿意から意識を逸らすついでに、必死で頭をフル回転させた。 (出入口は秘書がいるドアが1つ。両手は後ろ手に拘束。ポケットには財布の感触も携帯の重みも感じない) どうにか逃げ出す手段は、と、せわしく考えを巡らせる。 けれどもその間にも、尿意は徐々に差し迫って来る。 (っ、くそ、思考がまとまらない…) くぅっ、と、額に汗を浮かべながら、日下部は切迫してきた尿意に振り回された。 「お漏らしになられますか?」 「っ、そんなこと…っ」 ふと、秘書が放ってきた声に、日下部の身体がビクッと跳ねる。 「その羞恥と屈辱に堕ちるのがお嫌でしたら、一言、恋人とは別れると」 「ッ、言、わ、ないっ…」 「強情ですね。ではそのまま意地をお張りになって、粗相をするといいですよ」 (ッ、思い通りにならなければ、解放する気はおろか、このベッド上から一歩も動かせてくれる気はないということか。随分と汚い真似をしてくれる) ギリッと奥歯を軋ませて、日下部はこれでもかというほど秘書を睨みつけた。 「ふっ、なんならそのお姿を、写真と動画にお収めいたしましょうか?」 「なっ…」 にこりと、さらに残酷な脅しを放つ秘書に、日下部は息を飲んで固まった。 (馬鹿な。いくらなんでもそこまで…) 「ッ、やるか…。あなたたちなら…あの父なら…」 クソッ、と口汚く叫びながら、日下部はコロンと転がったベッドの上で、ぼんやりと天井を見上げた。

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