219 / 426
第219話
「なぁとら。弁護士の知り合いがいないか?」
ふと、突然の日下部の発言に、谷野がハッと目を見開いた。
「ちぃ、それは…」
「ん…」
「山岡センセは…望まんやろ…」
ギュッと眉を寄せて切なそうな顔をする谷野は、昨日の夜、タクシーの中で日下部が呟いた言葉を思い出していた。
「でも俺が、山岡の害となるものはすべて、排除したいと思ってるんだ」
「害か…」
ポツリと繰り返した谷野に、日下部がふわりと微笑んだ。
「害でしょ」
艶やかな笑顔で言い切る日下部に、谷野はどうしようもなくなって目を伏せた。
「なんで、こんなんなってもうたんやろ…」
「とら?」
「おれは嫌やねん。そんなんしなくても…そんな選択をしないでも済む道が、あるはずやねん…」
小さく首を振ってポツリと呟く谷野に、日下部は苦笑した。
「でもそれはきっと、山岡にわずかの傷もつけずに済む道じゃない」
「っ…それは…」
「とらは味方じゃなかった?俺は、山岡だけが大事だ」
揺らがず、迷わず、真っ直ぐに。
微笑みさえ浮かべて強く言い切る日下部に、谷野は、それは違うと、それは嘘だと、言いたくても言えなかった。
「おらん」
代わりに谷野が出したのは、ささやかな抵抗の言葉だった。
「おれの知り合いに弁護士はおらん。すまんな」
スイッと日下部から目を逸らして言う谷野に、日下部は仕方なさそうに微笑んだ。
「分かった。ごめんな、とら」
ふわりと微笑む日下部に、谷野がハッと視線を戻した。
そうだ。この賢く鋭い日下部が、谷野の思考を読めないわけがないのだ。
割れた意見に、それでも同意を強要することなく、サラリと谷野の気持ちを尊重する日下部に、谷野はなんだかもう堪らなかった。
「ちぃ!」
「なに?」
「それ以外でおれに出来ることは…」
協力したい気持ちも本物の谷野が言うのに、日下部は綺麗に微笑んだ。
「うん。俺より、山岡のガードかな」
「山岡センセの?」
「うん。1度逃げ出せた俺がもう容易く拉致されないことは、あの人には分かってるさ。だとしたら、次に打ってくる手は…」
「山岡センセの方に伸びるやろな…納得や」
了解、と唇の端を吊り上げる谷野に、日下部がニコリと笑った。
「さてと、そろそろ許してくるかな」
意地悪な笑みを楽しそうに彩って、日下部がスッとソファから立ち上がった。
「一体何しとん…」
聞きたいわけではないただの呟きを漏らした谷野に、日下部の目がチラリと向いた。
「ふふ、あのな…」
「ちぃっ!言うなやっ、このど変態が!」
意地悪く吊り上がった日下部の口の端を見て、谷野が慌てた。
「聞いたのはそっちじゃない」
「聞いたわけやない!」
「クスクス、なんてね。教えるわけないでしょ」
ニコリと笑った日下部は、単に谷野がこうして慌てる姿を見たかっただけだ。
それに気づいた谷野は、相変わらずどSな従兄弟様にげっそりした。
ともだちにシェアしよう!