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第219話

「なぁとら。弁護士の知り合いがいないか?」 ふと、突然の日下部の発言に、谷野がハッと目を見開いた。 「ちぃ、それは…」 「ん…」 「山岡センセは…望まんやろ…」 ギュッと眉を寄せて切なそうな顔をする谷野は、昨日の夜、タクシーの中で日下部が呟いた言葉を思い出していた。 「でも俺が、山岡の害となるものはすべて、排除したいと思ってるんだ」 「害か…」 ポツリと繰り返した谷野に、日下部がふわりと微笑んだ。 「害でしょ」 艶やかな笑顔で言い切る日下部に、谷野はどうしようもなくなって目を伏せた。 「なんで、こんなんなってもうたんやろ…」 「とら?」 「おれは嫌やねん。そんなんしなくても…そんな選択をしないでも済む道が、あるはずやねん…」 小さく首を振ってポツリと呟く谷野に、日下部は苦笑した。 「でもそれはきっと、山岡にわずかの傷もつけずに済む道じゃない」 「っ…それは…」 「とらは味方じゃなかった?俺は、山岡だけが大事だ」 揺らがず、迷わず、真っ直ぐに。 微笑みさえ浮かべて強く言い切る日下部に、谷野は、それは違うと、それは嘘だと、言いたくても言えなかった。 「おらん」 代わりに谷野が出したのは、ささやかな抵抗の言葉だった。 「おれの知り合いに弁護士はおらん。すまんな」 スイッと日下部から目を逸らして言う谷野に、日下部は仕方なさそうに微笑んだ。 「分かった。ごめんな、とら」 ふわりと微笑む日下部に、谷野がハッと視線を戻した。 そうだ。この賢く鋭い日下部が、谷野の思考を読めないわけがないのだ。 割れた意見に、それでも同意を強要することなく、サラリと谷野の気持ちを尊重する日下部に、谷野はなんだかもう堪らなかった。 「ちぃ!」 「なに?」 「それ以外でおれに出来ることは…」 協力したい気持ちも本物の谷野が言うのに、日下部は綺麗に微笑んだ。 「うん。俺より、山岡のガードかな」 「山岡センセの?」 「うん。1度逃げ出せた俺がもう容易く拉致されないことは、あの人には分かってるさ。だとしたら、次に打ってくる手は…」 「山岡センセの方に伸びるやろな…納得や」 了解、と唇の端を吊り上げる谷野に、日下部がニコリと笑った。 「さてと、そろそろ許してくるかな」 意地悪な笑みを楽しそうに彩って、日下部がスッとソファから立ち上がった。 「一体何しとん…」 聞きたいわけではないただの呟きを漏らした谷野に、日下部の目がチラリと向いた。 「ふふ、あのな…」 「ちぃっ!言うなやっ、このど変態が!」 意地悪く吊り上がった日下部の口の端を見て、谷野が慌てた。 「聞いたのはそっちじゃない」 「聞いたわけやない!」 「クスクス、なんてね。教えるわけないでしょ」 ニコリと笑った日下部は、単に谷野がこうして慌てる姿を見たかっただけだ。 それに気づいた谷野は、相変わらずどSな従兄弟様にげっそりした。

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