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第228話
「なんや?」
「っ…でもそんなこと…」
させられない、と言う山岡に、谷野は小さく首を振った。
「ええんや」
「っ、でも…」
「ええんよ。おれはな、ちぃにガードを頼まれたけど、本当は、山岡センセに、千里おじさんとちゃんと話して欲しいと思うとるねん」
静かに微笑む谷野に、山岡はハッと目を見開いた。
「谷野先生…」
「うん。ちぃが、山岡センセ傷つけたくなくて、叔父貴と会わせんように言うたのは知っとる」
「っ…」
「けど、おれは…悪いんやけど、山岡センセ犠牲にしても、ちぃのしようとしていることを阻止したいねん。山岡センセも、気づいとるんやろ?」
ん?と首を傾げる谷野に、山岡はコクリと頷いた。
「せやろな。ちぃは…ちぃは、山岡センセを選ぶために、家族を捨てる気や」
薄々気づいていた、けれど確信ではなかったそのことを、谷野の口から言葉にされ、山岡はストンと落ちてきたその話に、静かに頷いた。
「やっぱり…」
「おれに弁護士の紹介を頼んできたっちゅうことは、多分そういうことやねん。叔父貴たちの手の及んでいない弁護士が欲しいっちゅうことは…」
「っ、そんな、具体的に…」
まさかすでにそこまで日下部が覚悟を決めているとは思わなくて、山岡に焦りが浮かんだ。
「オレっ…絶対に会います」
千里さんに、と言う山岡に、谷野は頷いた。
「きっと、きっついで。酷いことも言われるやろうし、傷つけにくる。説得なんかできる相手やない。正直、山岡センセには勝ち目ない。それでも、勝って欲しい」
いつになく真剣な目をしている谷野に、山岡も強く頷いた。
「っん」
「ちぃと山岡センセのこと、叔父貴に認めさせることができるとしたら、それは山岡センセだけやと思うとる。おれは多分その件に関してだけは、ちぃなんかよりずっと山岡センセのこと、信じとるで」
「谷野先生…」
「ちぃは、山岡センセが叔父貴にボロボロにされる思うとるけど…おれは、山岡センセは、そんな脆くない思うねん。誰よりもちぃを、誰よりも強く、想うてるあんたは最強や思うねん。せやから、共犯になってやる。これはおれの意志や」
きっぱり言い切る谷野に、山岡は薄っすらと微笑んだ。
「いいんですか?」
「ええよ。山岡センセも、おれの分は心配せんでええ。おれはおれの考えで、あんたを千里おじさんのところに送り出す。それでちぃに何言われようが、おれの責任や」
ニカッと笑う谷野に、山岡は泣き笑いの表情になった。
「谷野先生、ごめんなさい。ありがとうございます」
ペコリと頭を下げる山岡に、谷野の目が細くなる。
「せやけど、ちぃの目を盗むのは楽やないで」
どうするん?と首を傾げる谷野に、山岡は真剣な表情でぎこちない笑みを浮かべた。
「今日はこのままオペに入って、夕方過ぎまでかかります。会わなければ、隠し事はバレません」
「まぁな。で?どうやって抜け出すん。いつもちぃと一緒に帰るんやろ?」
当直や急変、よっぽどな仕事や用事がない限り、確かに山岡と日下部は共に帰宅するのが常だ。
「別に院内をフラフラする分には、怪しまれませんから」
「なるほどな。定時過ぎたらそのままフラッとバックレるんか」
ありやな、と笑う谷野に、山岡はコクンと頷いた。
「ほんなら、おれが定時後あたりに、フラッと消化器外科行って、ちぃでも足止めしといてやるわ」
すぐ追われないように、と親指を立てる谷野に、山岡が申し訳なさそうに微笑んだ。
「ありがとうございます」
「ええんよ。それより山岡センセ…」
「はぃ」
「相手はほんまに手強いで。身に危険を感じたら…何がなんでも逃げてや。あんたに何かあったら、それこそちぃが荒れる。おれも無事じゃ済まなくなる。それだけは忘れんなや」
何より自分の身を最優先させろ、と言う谷野に、山岡は寂しそうに微笑んで頷いた。
「よし。そしたら昼食べて、オペ頑張ってき」
「はぃ」
「って…パン1個?もつんかいな…」
「はぃ」
パクッと甘そうなパンを口に頬張った山岡に、谷野の胡乱な目が向いた。
「午後いっぱいかかるオペなんやろ?」
「5時間切れたら上出来ですかね」
ケロッと言う山岡に、谷野が苦笑した。
「相変わらず、あんたの優秀さが理解できひん」
「はぁ」
「そんなオペ前にパン1個?ベストコンディションって言えるんか、それ。おれやったら途中で貧血起こすわ」
無理無理、と笑う谷野に、山岡が不思議そうにコテンと首を傾げていた。
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