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第230話

そうしてガチガチの山岡と、堂々と上座に座った千里がテーブルを挟んで向かい合う。 静かに入り口付近に控えた秘書は、黙々と自分の仕事をこなしていた。 「まずは、自己紹介といこうか?私は日下部千里。ご存知だろうが、センリグループの頭をしている。そして千洋の父だ」 「っ、は、初めまして。山岡泰佳と言います。外科医です…」 ジッと見つめてくる千里の視線を受け止めきれず、山岡はストンと俯いてしまいながら、小声で言った。 「足りなくないかね?」 ジロッと睨まれたのが、俯いている山岡にもわかった。 ビクリと身を竦ませた山岡は、オドオドと視線を上げる。 バチリと合った千里の目が、その程度の覚悟なのか、と馬鹿にしているような気がして、山岡はギュッと膝の上で拳を握りしめ、キッと千里に強い視線を向けた。 「千洋さんと、お付き合いさせていただいています」 淀みない声で言い切った山岡に、千里の目がわずかに細くなった。 緊張から手に汗を握って、山岡は千里の反応を待った。 「お付き合い、な。千洋は、私の息子、だったと思うが」 フッと笑い混じりに言われた千里の言葉の意味は、賢い山岡には簡単にわかった。 「確かに綺麗な容姿をしているようだが、きみも男性、に見えるのだが」 フン、と嫌みっぽく言う千里に、山岡はグッと唇を噛みしめた。 「千洋も千洋だが、きみも、何をとち狂っているのかな?」 蔑むように笑い声を漏らす千里を、山岡は黙ったままジッと見つめた。 決して自慢にはならないが、山岡は人の悪意にさらされることなど慣れている。 この程度の中傷などにいちいち動揺しないだけの肝の据わり方はしている。 「根性はあるようだな」 山岡の反応にクッと喉を鳴らした千里が、チラリと秘書に目配せをした。 スッと入り口の襖が開けられ、外に待機していたらしい仲居らしき人が入ってきた。 「酒は飲めるのかね?」 「遠慮します」 「まぁいいだろう」 軽く首を振った山岡を見て、千里が薄く目を細めた。 その視線は、山岡を値踏みしているようなもので、居心地の悪さに山岡はジリッと身じろぎをした。 その目の前に、次々と料理が運ばれてくる。 「どうぞ」 テーブルに並んだ料理を示して、食べろと促してくる千里を、山岡は窺うように見た。 「ははっ、安心してくれ。睡眠薬など入っていない」 山岡の視線をなんだと思ったのか、自らそう言い出す千里に、山岡のほうが思わずギョッとなった。 「いえ、そういうつもりでは…」 単に、食事より話を、と思っていただけの山岡が戸惑うのを見て、千里がクスリと笑った。 「素直な男だな。性別以前に、千洋の隣に並ぶのにふさわしくない」 甘すぎる、と言い放つ千里に、山岡の身体がビクリと震えた。 「悪いことは言わない。自ら身を引け」 ゆっくりと箸を取り、綺麗に彩られた料理にグサッと突き刺した千里の眼光の鋭さに、山岡はゴクリと唾を飲み込んだ。 「千洋は、センリの正当な後継者だ。うちの跡取りでもあるし、私の相続人でもある。地位も財産もすべてを背負う男の隣に立つのがきみでは、あまりに不釣り合いだ」 「っ…」 「私は決して認めない。もちろん社員も、関係者も、世間も、決して認めないだろう」 フッと小馬鹿にするように笑う千里に、山岡の表情が曇った。 「何せ千洋のパートナーになるということは、センリという大企業のトップの地位と、権力と、財力、そして私から受け継ぐ財産すべてを手にするのと同じだ」 傲慢に言い切る千里は、山岡を蔑むような目で見つめていた。 「それとも何か?きみはその財産目当てで、千洋を誑かしたのかな?」 ククッと意地悪く笑う千里に、山岡の目が丸くなった。 「そんな!」 「そう思われても仕方がないと思わないか?」 フン、と鼻息荒く言い放つ千里から、山岡はスルリと目を逸らしてしまった。

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