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第232話
「何を言い出すかと思ったら、馬鹿馬鹿しい。それはなにか?千洋が、私や地位や財産をすべて捨て、きみを選ぶとでも言っているつもりかい?」
なんて傲慢な妄想、と笑う千里に、山岡は小さく首を振った。
「妄想じゃありません…」
「ありえないよ。そんな虚言を吐いてまで、金が欲しいか?千洋と別れる気はないのか」
浅ましい、と軽蔑の目を向ける千里に、山岡の眉が寄った。
「お金なんていりません」
「よく言う。ならなんだ?身体か?それなら新しい男を宛がってやっただろう?」
吐き捨てるように言う千里に、山岡の目がキョトンとなった。
「え?」
「田村とか言ったか?身の丈に合っていただろう?」
そこそこの男を差し向けた、と暴露する千里に、山岡は今更、田村が千里の手先だったのだと知った。
「そうだったんだ…」
あの日、あの場所で会ったこと自体が仕組まれた始まりで、友人になりたい、と言ってくれたのも、嘘だったのだな、と山岡は気づいて、少なからずショックを隠せなかった。
(もしかしたら日下部先生も分かってて、オレにあんなお仕置き…)
大事にされてる、と思う反面、そんなに抱え込んでくれなくていいのに、とも思う。
けれどもそのすべてが自分に向く愛情だと知っていて、山岡はここで踏ん張らないわけにはいかないと強く思った。
「オレは千洋さんがとてもとても大切です。千洋さんもオレを…泣きたくなるほど大事にしてくれる」
分かってください、と潤んだ瞳を向ける山岡にも、千里の冷たい視線は揺るがなかった。
「だから私を捨てるとでも?そんな戯れ言を誰が信じる。脅しのつもりならば、もう少しマシなものを吐け」
あほらしい、と鼻にもかけない態度で切り捨てる千里に、山岡はひたすら首を振り続けた。
「本当なんです。本当だから…させちゃいけないんです。オレのために血のつながった家族を、この世に1人しかいない父親を、捨てさせちゃいけないんです…」
どうして分かってくれない!と身を切るような思いで紡ぐ山岡を、千里の目が冷たく射抜いた。
「仮に、きみの言う、千洋への愛とやらが本物だとして、千洋のきみへの想いがそこまで強いものだとして…きみたちの歩む道の先に、一体何がある?」
冷ややかに、どこか試すように山岡を見つめる千里に、山岡の目がフラリと揺らいだ。
「私も孫の顔は見たい」
「っ…」
不意に、情に訴えるような発言をしてきた千里に、山岡は警戒心も露わにビクリと身を竦めた。
「当然、男同士のきみたちに、結婚という終着点はない。きみたちが手を取り合うということは、世間をすべて敵に回すということだ」
「それは…」
「きみには、千洋が本来座るはずだった椅子よりも、受け継ぐはずだった財産よりも、一般的な愛の形よりも、幸せな未来が、用意できると言うのかい?」
「っ…」
「きみは千洋に、それ以上の何を与えられる」
聞き分けのない子供を諭すような口調で言った千里に、山岡は困ったように、小さく微笑んだ。
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