234 / 426

第234話

「あなたは…」 「悪いがきみの経歴もすべて報告を受けていてね。天才外科医、山岡泰佳くん」 「え…」 「千洋は、残念ながら、きみとは違う」 卑屈なようではなく、けれど少し嘲るように笑う千里の言葉の先が、山岡には読めなかった。 「あの…」 オドオドと窺う山岡に、千里は艶やかに笑った。 「研修医時代から、上級医たちに目を掛けられ、普通ならさせてもらえないような手術をバンバンやらせてもらい、みるみる腕を上げてきた。大学病院という大舞台の中で、トップクラス。今の病院に移ってからも、次々と成功例を重ねてきている。申し分ない技術と経験、そして天与の才」 「あの…」 「医者になるべくしてなったような男だな、きみは」 「っ…」 「だけど、千洋は、そんなきみとはまったく違う。ただの私への反抗心から医学部を選び、医者を目指した。きっと医学部は金がかかるからと言う理由だけでだ」 馬鹿だろう?と笑う千里に、山岡は小さく小さく首を傾げた。 「それなりに賢い子だ。器用でもあるのだろう。名医だなんだともてはやされてはいる。けれど、ただちょっと出来るだけの医者だ」 「っ、そんな。日下部先生は、うちのエースですよ?診断もオペも、オレよりずっと…」 「いや。千洋だって自分で分かっていないか?本当のエースはきみだと、あの子なら言うはずだ」 さすが父と言うべきか、確かにその台詞を山岡は聞いたことがあって、グッと言葉に詰まった。 「それでいい。千洋のあれは、ただの医者ごっこ。千洋はな、きみが医者になるべくしてなったのとは違う。千洋がなるべきは…経営者。あの子は、グループのトップとしてあるべき人間だ。私の跡を継ぎ、頂点に立つ。千洋は、そうなるべき人間だ」 力強く笑う千里の表情は自信に満ちていて、けれど山岡には、小さな小さな影が見えた。 「頭のいい子だ。私について、1年もすれば立派な経営者に成長するだろう。然るべき家柄の令嬢と結婚し、さらに会社を繁栄させていく。可愛い孫も迎えられるといいな」 ニコリと微笑んで、未来を語る千里に、山岡の表情が曇っていった。 「千洋は企業のトップに君臨し、すべてを手にする。そこに、きみはいらない。邪魔なんだ、分かるだろう?」 スッと冷たく目を細める千里に、山岡はギュッと唇を噛み締めた。 「身を引くべきはどちらか、きみなら分かるね」 真っ直ぐに千里に見据えられて。けれども山岡は、その視線から目を一切逸らさなかった。

ともだちにシェアしよう!