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第239話
山岡がそうして千里と対峙している頃、病院では。
消化器外科病棟のナースステーションにフラリと谷野が顔を見せていた。
「どーも。なぁ、ちぃおる?」
カウンターに寄りかかり、中にいた看護師に声をかけた谷野の後ろから、ちょうど原の指導が終わって医局から出て来た日下部が声をかけた。
「とら?」
「あ、おった。お疲れさーん」
「ん?なに?」
何でここに、と明らかに不審な目をする日下部に、カウンターに寄りかかっていた谷野が1冊のカルテを翳してニッと笑った。
「うちに入院中の患者さんやねんけど…腹痛訴えてんねん。検査したんやけどな、こっち回した方がええかと思って」
これや、と突き出されたカルテを、ナースステーションに入っていきがてら受け取り、日下部が中身をパラパラと見始めた。
「あ~、うちの領域だな」
「内科にも持って行ったんやけど、切ることになるからって」
「それでうちか。了解、引き継ぐよ」
ふ~ん、とカルテを読みながら日下部が軽く頷いた。
「で、え~と、山岡先生は?」
キョロキョロとナースステーション内を見回した日下部が、近くにいた看護師に尋ねた。
「ICU?」
オペ後の様子見かな?と首を傾げた日下部に、看護師もコテンと首を傾げた。
「さぁ?さきほど1度病棟には来られましたけど、またフラリと出て行きましたよ?」
行き先は聞いてません、と言う看護師に、日下部はチラリと時計を見上げた。
「もう定時回ってるよな。どこ行ったかな…」
あまり深く気にしている様子ではない日下部を見ながら、谷野がふとナースステーションにいた別の看護師が手にしていたものに目を止めた。
「なんや、ええもん持っとるな~」
ニカッと笑う谷野を、日下部と看護師が振り返った。
「なんだとら。よその病棟の看護師にたかるなよ」
「え~?ええやん。お菓子やろ?その箱」
「ふふ、そうですよ。たくさんあるので、谷野先生もよろしければ」
ナースステーションの中から、机に箱を置きつつ手招きをした看護師に、パッと目を輝かせた谷野がカウンターを回って中に入ってきた。
「日下部先生も、お好きなもの選んでくださいね」
どうぞ、と箱を開けた看護師に、真っ先に谷野が中を覗き込んだ。
「こいつを甘やかさなくていいのに」
「なんや、ええやん。どうせちぃ、山岡センセ戻ってくるの待っとるのやろ。おれも休憩や。奥で食べよ」
おれはこれ、と部外者の分際で1番先にお菓子を選んだ谷野に、日下部が呆れた視線を向けた。
「ウロはいいのか」
こんなところでサボっていて、とため息をつく日下部に、谷野はニカッと笑みを浮かべた。
「ええねん。なんかあったら鳴るやろ」
トン、と首から赤いストラップでつながれ、ポケットに突っ込まれているPHSを示して言った谷野に、日下部もわかっていて頷いた。
「まぁいいか。定時も回ってるしな。ん~、俺はこれもらうね」
マドレーヌのようなものを選んで看護師にニコリと微笑んだ日下部に、谷野が横で、タラシの笑顔…とポソリと呟いていた。
「コーヒー淹れましょうか?」
看護師が振り返るのに首を振って、日下部は谷野を押し出すようにカウンターの方へ向かった。
「医局に行くからいいよ。原先生にも1つもらっていくね。あと、山岡先生来たら、俺は向こうにいるって伝えて」
ニコリと看護師に言って、日下部は適当なクッキーを1つ手にとってナースステーションを出て行く。
「とらも来るんだろ?」
暇そうだし、と笑う日下部に頷いて、谷野もその隣に並んだ。
「これ、ありがとさん」
お菓子を振って見せながら看護師に言った谷野を連れて、日下部は再び医局に戻った。
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