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第254話

「んぁ、おふはれはまれす」 「…お疲れ様です」 「原、行儀悪い。口にもの入れたまましゃべるな」 「いでっ…んぐ。ちょっ、なにも叩くことないでしょーが!」 何故かパンをくわえたまま山岡を迎えてくれた原が、日下部に頭をはたかれて涙目になっていた。 「あはは。そうか、昼抜きでしたよね。気づかなくてすみません」 パンをくわえている原の理由に思い至った山岡がペコリと頭を下げたのを見て、原がブンブンと手を振っていた。 「いえいえ、山岡先生こそ、ゼリーだけで連続オペ、お疲れ様です!おれなんて、見学だけですからっ」 やめてください~、と叫んでいる原に苦笑して、山岡はチラリと日下部に視線を流した。 「ん?別に、仕方のないことを怒らないって、いつも言ってるでしょ?」 「はぃ…あの、いえ、その…」 昼を疎かにしたことで日下部を見たわけではなかった山岡は、オロオロと困惑して、ストンと視線を落とした。 「……?」 「く、日下部先生!」 わずかに逡巡した後、山岡は思い切ったように顔を上げ、パッと日下部を見つめた。 「なに?」 「あの…きょ、今日…よ、寄るところがあるので、ひ、1人で帰りますっ」 山岡は、色々考えた挙げ句、結局ものすごくストレートに日下部に向かっていく。 「寄るところ、ね…。どこ?」 「え?あの、それは…」 モゴモゴと口ごもってしまう山岡に、日下部がハッと冷笑を浮かべた。 「別にないんだろ。俺と一緒に帰りたくなくて言ってる?そうならそうと言えばいい」 喧嘩をしているわけではないが、意見の相違により、微妙な状態である現在。 (あぁそっか。それに頷けば、日下部先生と別々に帰れるのか…) 難しい策を練らなくてもいい状況に、思わず頷きかけた山岡の首が上下する前に、フッと日下部の冷たい笑い声が聞こえた。 「なんてな。1人で帰すわけがないだろう?…ちょっと当直室来い」 ふと椅子から立ち上がった日下部が、クイッと顎をドアにしゃくった。 チラリと原に流した視線に気づき、山岡はすんなり頷いた。 「原先生。休憩終わったら、今日の2件のオペ記事(手術記録)書いといてごらん」 両方とも術野見てたでしょ?と言い置いて、日下部がドアの側にいた山岡の側まで向かった。 「あ、はーい」 「行くよ、山岡先生」 トンッと山岡の肩を軽く叩いて、日下部がドアを開けて医局を出て行った。 「は、はぃ…」 慌てて後を追った山岡が廊下に出て、パタンとドアを閉めたところで、残された原が1人、コテンと首を傾げていた。 「なんなんでしょ~ね?」 喧嘩をしているようでいて、会話はある。 けれどどこか張り詰めた空気も感じる山岡と日下部の様子に、原が面倒くさそうにため息をついて、バクッと残りのパンを頬ばった。

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