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第267話
張り詰めた沈黙が支配する控え室内。
これといった会話をすることもなく、ただ時が過ぎるのをジリジリと待っている。
ふと、手術室の方の廊下の空気が揺らいだかと思ったら、シュッと音を立てて、手術室エリアへ通じる自動ドアが開いたのがわかった。
「っ!」
パッと顔を上げた千里と秘書の妻。
同時にスッと立ち上がった、もう一家族。
どちらの…と、入り口の方へ全員が目を向けたとき、キュキュキュとストレッチャーのタイヤが軋む音が聞こえて、廊下にその姿が見えた。
「……?」
首元まで隠した上掛けに、頭がスッポリ包まれている薄い水色の帽子。顔には酸素マスクがついていて、点滴がぶらさがった棒が一緒について歩いている。
近づいて覗き込んでみないことには、それが誰なのかわからない。
「っ…」
近づいてみようか、と、千里たちともう1家族が足を踏み出したとき、後ろからテクテクと術衣の医者が姿を現した。
Vネックの青いスクラブに、同じく青い帽子、上側の紐だけ外され、首元にダランと垂らされたマスクが揺れている。
ゆっくりと瞬きを1つした医者が、ぐるりと控え室内の人間を見渡した。
「っ、千洋」
反射的に呟いた千里の声に、日下部の目がそちらに向き、視線が固定される。
薄く微笑を浮かべた日下部が、ゆっくりと顎を引いた。
「無事に終了しました」
静かな声に、千里が小さく頷き、秘書の妻がホッとしたように脱力してよろめいた。
スッとそれを支えた千里を、日下部の目がジッと見つめる。
少し離れた場所では、もう1家族がグタリと脱力して、椅子に腰を落としたのが見えた。
「どうぞ」
付き添っていいと、廊下を通過していったストレッチャーを示して言う日下部に、秘書の妻が真っ先に駆け寄った。
それを日下部が少し不思議そうに眺めた後、ハッとしたように目を見開いた。
「千洋」
「っ…あの、人は…」
「あいつの奥さんだ」
そっと日下部の側まで歩いてきた千里が、日下部と並んで廊下を進んでいくストレッチャーを眺めながら静かに告げた。
ストレッチャーの横から、必死に秘書の顔を覗き込みながら一緒に歩いて行く妻を見ていた日下部の目が、ゆっくりと隣の千里に移動した。
「俺…」
「ふっ。お疲れ様」
わずかに緩んだ千里の口元を目にした日下部が、驚いたように目を丸く見開いた。
「おまえは行かなくていいのか?」
ん?と首を傾げて廊下の先に視線を放った千里に、日下部は小さく首を振った。
「あぁ。…場所、移動しよう」
まだ手術が終わるのを待っている家族がいる中、こちらの話が聞こえてしまうのもなんで、日下部がゆっくりと足を踏み出した。
黙ってついていった千里は、ICUの側の1室に案内された。
長テーブルがコの字型に置かれ、パイプ椅子がいくつか並べられた室内。
壁際にはホワイトボードと、部屋の角にはデスクとキャビネット。
小さな研修室なのか、家族への説明用の部屋なのか。
狭くもなく広くもない室内に足を踏み入れ、日下部がドカリと手近なパイプイスに腰を下ろした。
「座れば?」
部屋に1歩入ったところに立っていた千里を、チラリと流し見る日下部。
わずかな疲れを見せるその視線に促され、千里は黙って日下部と離れた椅子に腰掛けた。
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