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第273話

翌朝、携帯の目覚ましの音を手探りで止めて、貪欲に眠りの世界にしがみついている山岡を見ながら、日下部はゆっくりと身体を起こした。 「おまえの目覚ましで、本人じゃなくて俺が起こされるとか」 くすくすと笑ってしまいながら、必死で目覚めに抵抗しているらしい、ギュッと眉の寄った山岡の顔を眺める。 「こんな顔でも綺麗なんだもんな」 参るね、と笑いながら、日下部はサラリと山岡の髪を撫でた。 「んっ…あと少しだけ…」 イヤイヤと首を振って、起きることを無意識に拒絶する山岡に、日下部は笑ってしまう。 「でもそろそろ起きないと、朝食とる時間がなくなるぞ」 「ごはん…いらないから、寝る…」 スウと寝息を立てながら、山岡はコロンと寝返りを打って日下部に背を向けてしまう。 「こいつ…」 寝ぼけているとはいえ、かなり度胸のある反抗をかました山岡に、日下部の目が意地悪く細まる。 「それはお仕置きの催促?」 フッとわざと山岡の耳元に息を吹きかけながら囁いた日下部だが、睡魔に意識を奪われている山岡には何の効果もなかった。 「……」 「まぁ、結局2時間ちょっとしか寝れてないけど…休むつもりじゃないんだろ?」 「……」 「仕方ない、奥の手だな」 ニコリが完全にニヤリという悪い笑みになっている日下部が、再び山岡の耳元に顔を近づけた。 「山岡先生、急患ですよ」 コソッと耳に吹き込んだ日下部に、山岡の目がパチリと開いた。 「状態は?」 ガバッと身を起こし、瞬時にベッドを飛び降りようとした山岡から、日下部が慌てて身を引く。 「ん?家?あれ?」 パチパチと目を瞬いてキョロキョロした山岡に、日下部が思い切り吹き出してしまった。 「くっ、ははは。おはよう、山岡」 「え?……おはようございます」 とても楽しそうに笑み崩れている日下部を見て、勝手に状況を理解したらしい山岡が、脱力したようにストンとベッドに座った。 「当直だったかと思いました…」 心臓に悪い、と呟いている山岡は、微睡みを妨害された不機嫌からか、珍しくムッとしている。 「だって普通に起こしたけど、抵抗されたから」 「え…」 「やっぱり山岡だよな~。ふふ、お仕置きするぞ、っていう脅しには目を覚まさないのに」 ニコリと楽しげに微笑んでいる日下部に、山岡がギョッとなった。 「お仕置きって…」 寝ぼけて何をしたんだろう、と焦る山岡に、日下部の笑みがますます深まった。 「朝ごはん食べないって宣言してたよ」 「え…」 「まぁ昨日、夕飯食べたの遅かったけどな…」 「た、食べます」 チラリと流し目を向けられ、山岡は顔を引きつらせながらもニコリとぎこちなく微笑んだ。 「いい子だ。じゃぁ着替えて顔を洗っておいで。その間に作っちゃうから」 ポンと山岡の頭を軽く叩いてクローゼットに消えていく日下部。 「いい子って…」 子ども扱いにムッとしながらも、山岡も日下部の後に続いた。

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