274 / 426
第274話
そんな寝起きの一幕がありつつ、なんとか定時ギリギリに揃って出勤してきた山岡と日下部は、真っ直ぐ病棟に向かった。
「あ~、来た来た。2人揃って遅刻寸前とは珍しいね」
ちょうど通りかかったナースステションから、ヒョッコリと光村が顔を出し、振り返った2人は、すでにスタッフが揃っているのを見て苦笑した。
「すみません」
「まぁ、遅刻ではないけれど。朝カンファ先に出てもらっていいかな?」
着替えは後で、と笑う光村に頷き、山岡と日下部はスーツ姿のままナースステーションに入っていった。
「昨日のことは聞いているよ。それでお疲れかな」
大変だったね、とねぎらう光村に小さく頭を下げ、日下部は必要なカルテをファイル立てから取り出し、ストンと席についた。
山岡もソロソロと気配を消しながら奥の席に座る。
微妙にぼんやりしているのは、やはり寝不足のせいか。
「ではまず昨日の新患さんから…」
光村の声をボーッと聞きながら、山岡は進んでいく話を頭に入れていった。
そうしていつの間にかカンファが終わり、スタッフがそれぞれ自分の仕事に散っていく。
山岡はぼんやりと椅子に座ったまま動かない。
そこに、ふと光村が近づいてきた。
「山岡先生」
「……」
「山岡先生?」
「あ、は、はぃ」
突然聞こえた光村の声にハッと顔を上げた山岡が、慌てて立ち上がった。
「大丈夫かね?」
「あ、はぃ。すみません」
ペコリと頭を下げる山岡に苦笑して、光村がそっと声を潜めた。
「外来の前にちょっと時間をもらえるかね」
「え?はぃ…」
「ちょっと伝えたいことがあるんだ。ここじゃぁなんだな」
チラリと日下部の方に視線を向けてから、ついてこいと促す光村に首を傾げ、山岡はテクテクとその後に続く。
看護師たちとなにやら楽しげに話をしている日下部は、密談の雰囲気を出している光村と山岡に意識だけ向けていた。
けれども特に声をかけるでもなく、ナースステーションを出て行く山岡たちを見送る。
「さぁてと、そろそろ着替えて、ICU覗きに行きつつ、外来に行こうかな」
キャッキャと話していた看護師たちにニコリと微笑み、日下部はスルリとその輪の中から抜け出した。
廊下の向こうに、光村の白衣の背中と、スーツ姿の山岡の後ろ姿が見えた。
ともだちにシェアしよう!