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第274話

そんな寝起きの一幕がありつつ、なんとか定時ギリギリに揃って出勤してきた山岡と日下部は、真っ直ぐ病棟に向かった。 「あ~、来た来た。2人揃って遅刻寸前とは珍しいね」 ちょうど通りかかったナースステションから、ヒョッコリと光村が顔を出し、振り返った2人は、すでにスタッフが揃っているのを見て苦笑した。 「すみません」 「まぁ、遅刻ではないけれど。朝カンファ先に出てもらっていいかな?」 着替えは後で、と笑う光村に頷き、山岡と日下部はスーツ姿のままナースステーションに入っていった。 「昨日のことは聞いているよ。それでお疲れかな」 大変だったね、とねぎらう光村に小さく頭を下げ、日下部は必要なカルテをファイル立てから取り出し、ストンと席についた。 山岡もソロソロと気配を消しながら奥の席に座る。 微妙にぼんやりしているのは、やはり寝不足のせいか。 「ではまず昨日の新患さんから…」 光村の声をボーッと聞きながら、山岡は進んでいく話を頭に入れていった。 そうしていつの間にかカンファが終わり、スタッフがそれぞれ自分の仕事に散っていく。 山岡はぼんやりと椅子に座ったまま動かない。 そこに、ふと光村が近づいてきた。 「山岡先生」 「……」 「山岡先生?」 「あ、は、はぃ」 突然聞こえた光村の声にハッと顔を上げた山岡が、慌てて立ち上がった。 「大丈夫かね?」 「あ、はぃ。すみません」 ペコリと頭を下げる山岡に苦笑して、光村がそっと声を潜めた。 「外来の前にちょっと時間をもらえるかね」 「え?はぃ…」 「ちょっと伝えたいことがあるんだ。ここじゃぁなんだな」 チラリと日下部の方に視線を向けてから、ついてこいと促す光村に首を傾げ、山岡はテクテクとその後に続く。 看護師たちとなにやら楽しげに話をしている日下部は、密談の雰囲気を出している光村と山岡に意識だけ向けていた。 けれども特に声をかけるでもなく、ナースステーションを出て行く山岡たちを見送る。 「さぁてと、そろそろ着替えて、ICU覗きに行きつつ、外来に行こうかな」 キャッキャと話していた看護師たちにニコリと微笑み、日下部はスルリとその輪の中から抜け出した。 廊下の向こうに、光村の白衣の背中と、スーツ姿の山岡の後ろ姿が見えた。

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