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第275話
光村と手近な面談室に入った山岡は、窓際まで歩いて行った光村が、シャッとブラインドを開けたせいで差し込んだ日差しのまぶしさに目を細めた。
「あぁ、寝不足の目には眩し過ぎるか」
ははっと笑う光村に苦笑して、山岡はわずかに目を伏せる。
一瞬見えた光村の顔は、なんだか少しだけ申し訳なさそうに見えた。
「あれ…?」
それが、ブラインドを開けたことに対するものではないような気がして、山岡は不意に伏せていた目を上げた。
バチッと合ってしまった光村の目が、確かに山岡を気遣うようなものであるのを見て取り、山岡は緩く首を傾げた。
「光村先生?どうかしましたか?」
「え?」
「いえ、その、何か言い難い話…ですか?なら大丈夫です。オレに気なんか使わなくていいですよ?」
悪い話でも平気だ、と微笑む山岡に、光村の優しい笑みが深くなった。
「本当にきみは…」
「え…?」
「いや、悪い話、というわけではないが…厄介ではあるかな」
どうぞ、と言いながら椅子に座れと促す光村に頷き、山岡は手近なパイプ椅子に腰掛けた。
「えぇとだな…」
微妙に話しづらそうに切り出す光村に、山岡がコテンと首を傾げる。
その呑気な表情を見て苦笑しながら、光村は思いきったように口を開いた。
「近々、紹介患者を1人診てもらいたいと思っている」
「はぁ…」
やけに言いづらそうにした割りには、よくある普通の話だ。
山岡は訳が分からず首を傾げながらも、呑気にコクンと頷いた。
「構いませんが…」
難しい患者なのかな?と思っている山岡の心を見透かしたように、光村が続けた。
「難しい患者だよ。その、病状というより、立場がね」
はぁっ、とため息をつく光村の言葉に、山岡はもしかしての思いが湧いた。
「立場…」
「あぁ。わざわざ、ツテで私の知人医師を使ってな、山岡くんをピンポイントでご指名で…それを通すほどの権力を持っている方だ」
「っ、オレ指名で、権力者…」
もうわかった、と言わんばかりの山岡の表情に、光村がおや?と首を傾げた。
「知っているのかね?」
「センリの社長さんですか?」
「なんだ。知っていたのか。じゃぁそれが、日下部くんのお父上であることも?」
「はぃ」
コクンと頷いた山岡に、光村がドッと疲れたように脱力した。
「なんだ。私はてっきり、きみの偵察でもしに来るつもりかと心配して…」
はぁぁっ、とため息をつきながら近くの椅子にギシッと腰を落とした光村に、山岡がふわりと微笑んだ。
「ご心配ありがとうございます。でも、セカンドオピニオンに来いって挑発したのは、オレなんですよね」
あはは、と笑っている山岡に、さすがに光村がギョッとした。
「なんでまた…」
「えっと、それは色々ありまして…。でもそうですか。来てくれる気になりましたか」
よかった、と微笑んでいる山岡を不思議そうに見ながら、光村は小さく頷いた。
「近々来院すると思う」
「はぃ…」
「ただ、まぁああいう立場の方だからな、実名も正体も隠しての、VIPルームでの診察になるんだが」
「はぃ」
この病院には、時々、そういった身分を隠して入院や通院したい患者のために、特別室が設えられた、VIP専用の入院部屋と診察室があるエリアが存在する。
「そして、1番厄介な要求は…」
「日下部先生には知らせずに、ですか?」
「ははっ、きみは、かの方のことをよくご存知らしい。その通りだ」
「そうですか」
やっぱり、と頷く山岡は、うーん、とこれからの算段を考え始める。
「だから当然、この件はカンファでも出さないし、関係する人間は極限まで絞る。医師は私と山岡くん、看護師は師長だけで、それ以外の人間には知らせない」
「はぃ」
「来院なされたときには、きみに直接連絡を入れるから、誰にも…いや、特に日下部くんに見つからないように、VIPエリアへ行ってくれ」
「分かりました」
コクンと頷く山岡に、光村がホッと息を吐き出した。
「こんな厄介な話を、断れなくて、すまなかった」
「いぇ…」
「その、きみは…」
不安そうに、何かを言いかけて言葉を途切れさせた光村に、山岡は顔を上げてにこりと微笑んだ。
「大丈夫ですよ、光村先生。きっと大丈夫です」
俺も、日下部も。そして日下部の父も。
ゆったりと頷いて請け負う山岡を見つめながら、光村がホッと微笑んだ。
「そうか。では、そういうことだから、よろしく頼む」
「はぃ」
「以上だ。今日は外来かね?」
ゆっくりと立ち上がった光村につられて、山岡も立ち上がる。
「はぃ」
「午後は合同カンファか。まぁ頑張ってくれたまえ」
居眠りするなよ、と笑っている光村に促され、山岡は面談室を出て、着替えに向かった。
途中、日下部とすれ違って、意味ありげな視線を向けられたが、それから素早く逃げて、山岡もまた、白衣を羽織って外来に下りていった。
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