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第277話
光村に釘を刺されたからには、と1時10分前にはカンファルームの席についていた山岡と日下部は、ゾロゾロと後からやってきたスタッフを眺めながら、のんびり手元の資料の準備をしていた。
消化器外科、消化器内科の医師がそれぞれに別れて適当な席に着く。
どこをほっつき歩いていたのか、時間2分前になって原がひょっこり姿を現した。
「ま、間に合ったぁ…」
「へぇ、きみ、研修医のくせに先輩医師たちより遅くに来るとか。相変わらず度胸あるよね」
ニコリと微笑んでいる日下部の横に、原が嫌ぁな顔をして座る。
「相変わらず、午前中だけじゃとても終わらない仕事押しつけていってくれといて、その嫌み。さすがどSのオーベン様」
フッと強気に応戦している原は、相変わらず無謀か。
「終わらなかった?」
「は?」
「だって、きみならできると思ってその量を渡しているんだけど」
ニコリ。嘘か本当か、やけに綺麗に微笑んで言う日下部に、原の目がふらりと揺らいだ。
「そ、そりゃ終わりましたけど…」
「けど?」
「ひ、昼までかかって、お陰でおれは昼抜きですからね!」
ムーッとふて腐れたように唇をとがらせる原に、日下部の目が楽しそうに緩んだ。
「それは悪かったね。じゃぁ次からもう少し減らしてあげるよ」
「へ?」
「そうか。できないかぁ。俺が悪かったね。判断ミスだ。わかったよ、きみの能力に期待しすぎた」
「え…」
「ん?」
「や、期待って、おれ…」
ふわりと綺麗に微笑んでいる日下部に、原が照れくさそうに俯きながら、モソモソと口を開いた。
「で、できますよ。やれますから、大丈夫ですっ。日下部先生の期待に、全力で応えますからっ、これからもバンバン仕事任せてください!」
パッと顔を上げて、キラキラした目を向ける原に、日下部の勝ち誇ったような悪い笑みが炸裂した。
「そう?じゃぁお言葉に甘えて、今後は今日の倍くらい任させてもらうとするよ」
バンバンね、と悪巧みが成功したと言わんばかりの真っ黒い笑顔で微笑む日下部に、原の目が大きく見開かれて固まった。
日下部の隣に座った山岡には、2人のやり取りが全て聞こえていて、思わずチラリと原を見て苦笑している。
「どSのオーベンってわかっててもはまるんですね…」
「ふふ。本当、面白いくらいすぐ調子に乗るよね。操縦しやすいったらない」
山岡と日下部からポツリと落とされた感想に、固まっていた原の顔がカァッと赤くなる。
「こんの、どSのくそオーベン!山岡先生も、わかってたんなら途中で口挟んでくださいよぉ」
ひぃん、と情けない原の叫び声が上がり、日下部と山岡のみならず、比較的近くの席の医師たちからも笑い声が漏れる。
「外科は賑やかですね」
「仲がよろしくて、大変楽しそうだ」
ザワザワと、消化器内科の医師たちのほうからも話し声が届いてくる。
「で、合同カンファ、始めてもいいかね?」
いつの間にやってきていたのか、光村の遠慮がちな声に、日下部がニコリと微笑み、原がハッとしてコクコク頷いた。
騒がしいオーベンと研修医のやり取りに聞き耳を立てていた医師たちも、慌ててバタバタと資料を手元に準備し始めていた。
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