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第279話

結局、時間内は逃げ延びてしまった山岡に苦笑しつつ、日下部は帰りの車の中で、やけに緊張している山岡をチラリと窺っていた。 その視線を感じるのか、時折ビクリと身を竦める山岡は、嘘も隠し事も本当に下手だと思う。 「なぁ山岡」 「っ、は、はぃ」 「そんなに怯えなくてもさ、昼に言っただろ?」 「え…?」 「無理矢理吐かせるようなことはしないから安心しろ」 可哀想なくらいビクビクしている山岡に苦笑して、日下部はふわりと優しく微笑んだ。 「それより夕食、今日こそは食べに行くか」 「あ、そうですね」 昨日は結局食べに行き損ねたから、と笑う日下部に頷き、山岡はフラリと窓の外に目を向けた。 「ふふ、何を食べたい?」 「え?えっと、そうですね…日下部先生は?」 「俺?俺はそうだな、鉄板焼きかな」 ニコリと笑う日下部は、もう行き先を決めているようで。 「いいですね」 ふわりと微笑んで頷いた山岡を見ながら、日下部は器用にステアリングを回した。 翌日、午前中は病棟担当の山岡と別れ、日下部は今日も外来で診察をこなしていた。 病棟をフラフラしていた山岡は、不意に鳴ったPHSの呼び出し音に、ビクリと身を竦めた。 「っ…」 素早く取り出したPHSの通話ボタンをすぐさま押す。 急患か、呼び出しかと緊張しながら、耳に当てたPHSから、のんびりとした光村の声が届いてきた。 それは、千里の診察の指示だった。 「午後イチですか?はぃ」 例の方、と告げる光村に通話口で頷き、山岡はチラリと腕時計に目を落とした。 「はぃ、大丈夫です。はぃ」 午後1時に特別診察室、と頭にインプットして、山岡は通話を切り、PHSをポケットにしまった。 「午後イチ、日下部先生はオペか…」 抜かりないなぁ、と苦笑しながら、山岡はヒラリと白衣の裾を翻し、医局に足を向けた。

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